『続・7年目の本気~岐路』

「それでは早速ですが始めましょう。
 今日は東京支社から小鳥遊さんにいらして
 頂きました。小鳥遊さん一言お願いします。」


 到着から30分ほどすると、会議が始まった。


「小鳥遊 和巴です。どうぞよろしくお願いします。
 ―― 早速ですが、企画のコンセプトはご存じの
 通り……」


 立ち上がる予定の新レーベルの作品集め及び
 プロの作家さんへ作品の提供依頼をするだけでなく。
 アマチュア作家さん向けのコンテスト等のイベントも
 順次開催する予定なので、それの下準備。
 それが、今回私に与えられた仕事。

 今回の企画は元々”受験生応援企画”として
 関東地方限定で短期的にする計画だったけど、
 既存レーベルの読者アンケートの結果、
 全国展開される方向になったらしく。
 
 とりあえずは小手調べとして関東と関西がタッグを
 組み、この企画が順調に全国展開出来る基礎づくりを
 する事になったのだ。


 まだ序盤の段階で携われるようになって良かった。
 今ならまだ間に合う事がたくさんある。

 会議本番は明日。
 こちらの支社のお歴々も一堂に会して行われる。
 
 今日は実際に現場で動く主要メンバーの顔合わせを
 含めて簡単に打ち合わせる程度だと聞いてきた通り、
 会議は比較的短時間で終わった。


 定時になって、
 誰からともなくリラックスした空気になる部内。


 2日前の合コンの時も貰ったけど、今日改めて貰った
 彼の名刺を見て、初めて知った。
 
 彼は大阪支社・秘書課秘書室室長だって事。
 彼が入社した**期の中では一番の出世頭
 なんだって。
 だから、わざわざお見合いしたり合コンに参加したり
 しなくても、女性なら引く手数多・よりどり
 みどりだ。

 会議が終わって”企画営業課”のオフィスへ
 戻ってから課内の女子社員さん達の冷たい視線が
 私に突き刺さる。
 
 
 で ―― そんな私に急遽設けられた席は、
 よりによって木村さんの真隣だった。

 う”ぅ……感じる視線に全くっていっていいくらい
 好意的なモノがないよ。どうしよ……。
  
 執務机の上のノートパソコンに向かう木村さん、
 べっ甲縁のフレーム眼鏡を掛けている。

 やっぱりかっこいい。
 その姿もまた、私にとってはどストライクで。
 いとも簡単に吸い寄せる。



「―― んじゃ、行くか」


 バッグを持った木村さんの後をついて行くと、
 エレベーターの到着を待つ他の人たち。

 互いに挨拶を交わして、
 仕事の話で盛り上がり始めた。



「ところで……小鳥遊さんってフリー? 
 それとも売約済み?」

「お前、聞き方がストレート過ぎる。
 セクハラで訴えられても知らんぞ」


 会議で倉田さんって紹介された人は、
 明るくてムードメーカーなんだって分かる。
 会議の緊張した雰囲気も倉田さんの冗談で
 和らいだから。


「倉田、さてはお前、彼女にひと目惚れ
 したんだろ?」


 木村さんが放ったそのひと言で、
 倉田さんってば固まっちゃって。


「図星、か。分かり易い奴っちゃなお前」


 エレベーターが到着して、大きく開けた扉の向こう。


 誰よりも早く乗り込んだ木村さんが、
 操作盤の前に立っている。


「ホラみんな、早く乗った 乗った」


 固まってたのは、
 倉田さんと私だけじゃなかったみたいだ。

 私なんかにひと目惚れする事なんかあり得ないって
 思うけど ―― そこまで考えハッとした。
 
 
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『おそらく、あの時……ひと目惚れをしたんだ、
 お前に』
 
 
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 不意に思い出してしまった。
 匡煌さんの熱烈な告白を……。

 匡煌さんは遅くても3年以内に私を迎えに来る
 って、言ってくれたけど。
 
 財界の最新ニュースで拡散されている情報は
 兄・広嗣さんと静流先輩の結婚式が済み次第、
 匡煌さんと藍子お嬢様のお式も行われる。

 だから、バカな私にでも分かる。
 事実上、私が匡煌さんと想いを遂げる可能性は
 万に1%もない、って事が。    

 
 倉田さんは静かに私の隣へ立っている。

 いつだったか巽さん(幸作のダーリン)が言ってた
 
 ”女も男もつまるところ、自分を強く想って
  愛してくれるパートナーといる事が一番の
  幸せなんだ”

 そうだよね……。
 なら私は、幸せになれるのかな。

 そう思って、
 木村さんを視線だけでそっと見上げた。

 背、高いなぁ……何センチあるのかな。
 180は軽く超えてそう。

 鼻もスッとしてて、唇は品がいい。

 肌がすごく綺麗。

 そう長い時間ガン見してるわけにもいかないから、
 何回かに分けて見上げては木村さんの外見に
 見入る。

 途中階でエレベーターが止まって、
 他の部署の人も乗り合わせた。

 押し込められるままに、周りに気を遣いながら、
 1歩2歩と下がって、
 木村さんの背中を眺める位置に立った。

 自然と混雑する箱の中。

 東京の通勤ラッシュみたいだな……。

 仲間同士、小声で話し続ける人、
 エントランスまで無言を貫く人。

 ……えっ?!

 私の右手をそっと繋ぐ誰かの右手。

 限られた空間で起こった突然の出来事に、
 呼吸を忘れそうになる。

 この位置で私の右手を握れるのは、
 真ん前に立っている彼しかいない。

 間もなく、扉が開いて地上階に着くと、
 順に箱の外へ出ていく。


「じゃあ、皇紀さん、現地で」

「了解。俺の名前で予約したから先に入ってて」


 な、何だか、すっごくフレンドリー。
 会社の幹部さんと一緒って感じがあまり
 しない。

 ってか!
 皆さんが木村さんと私を置いて先に行って
 しまった。
 私はともかくプロジェクト責任者を置き去りは
 マズいんちゃうやろか……?
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