『続・7年目の本気~岐路』
久しぶりの、会社……。
 社屋に入る前に、深呼吸してみた。

 会社へ来ただけなのに
 何だか、変に緊張する。


 『おはようございます』
 『おはようございます』
 
 通用口やエントランスホール・
 編集部のある5階フロアー ――

 いつもと変わらぬ朝の光景が広がっていて
 何だがとてもホッと出来た。
 
 
 そして編集部に入る。
 
 まだ始業30分前だというのに、各チームのシマでは
 電話のベルが鳴り響いており。
 編集者達はその応対に追われている。
 
 『はい、月刊ポプラ編集部・田中です。は、どーも
  お世話になっております ――』
  
 『嵯峨野書房の佐藤と申しますが、**先生、
  原稿の進み具合は如何なもんでしょう ――』
  
  
「―― お、小鳥遊。ようやく出てきたね」


 って、私に声をかけながら自分の机に向かったのは
 私が属する”月刊カミングアウト”の副編集長・
 羽柴 詩音(はしば しおん)さん。
 
 
「お早うございます。ご心配おかけしましたが
 今日からぼちぼち出社しますので、また宜しく
 お願いします」
 
「ん。宜しい 宜しい。調子がいいのは結構だけど
 無理は禁物よ。この編集って仕事は”一に体力・
 二に気力・三四がなくて五に根気”なんだから」
 
「はい」

「―― って事で、早速だけど原稿取り頼めるかな」


 って、やって来たのは主任・谷田部さん。
 
 
「え……っ、私が、ですか?」

「おい、谷田部。お前がそうやってか弱い女子を
 コキ使うから ――」
 
「ちょっと、ちょっと、しーちゃん、あんまり
 人聞きが悪いこと言わんといてんか。人遣いが
 荒いんはしーちゃんかておんなじや」
 
「あ、あのぉ ―― 谷田部さん?」

「あ、そうそう、原稿取りやったな。実は昨夜遅く
 担当の神谷が急性胃炎で入院しちゃってね
 ……和ちゃん、ちょうど暇そうだし、ちょこっと
 頼むよ」

「神谷さんが担当でこの時期にまだ原稿が上がって
 いない作家さんて、まさか……」

「そう。そのまさか、さ」    


 今、人気急上昇中のBL作家 ――
 夢美乃 碧羽(ゆめみの あおば)先生ぃぃぃ?!


 すると月刊誌の写真の構成を担当している大野さんが
 隣のシマから谷田部さんへ訴える。
 
 
「あー、主任。表紙の差し替え、明日の9時でギリ
 っすよー? 宜しく」

「へーい」

「あぁ ―― そうだ! 夢美乃先生って、確か
 大野さんの大学時代の後輩でしたよね。だったら」

「俺は出禁なの」

「そんなぁ……」

「デビュー前から面倒見てやったのに、ちょっと
 ベストセラー連発して・ちょっと映画化ドラマ化
 されて・ちょ~っと高額納税者の仲間入りした
 ぐれぇで、いい気になって ”お前の顔じゃちっとも
 萌えないし・勃たない”なんてヌカしやがって!」


 って、大野さんは憤慨してるけど、
 インターネットでのウェブ小説やマンガ・雑誌
 無料閲覧サイトの台頭で、紙媒体の書籍は衰退を
 余儀なくされている昨今、
 
 ”ベストセラー連発・ドラマ化に映画化、
  そんでもってとどめは高額納税者のお仲間に”
  
 って、凄い事ですよねぇ~。
  
 
「は、ぁ……」

「って事で、和ちゃ~ん、ご両親から授かった
 その美貌を武器に、原稿奪っていらっしゃいっ」

「は、はい」



 『嵯峨野書房』東京支社編集部、入社2年目。
 小鳥遊和巴。

 編集力は顔と知る ――。
 
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