『続・7年目の本気~岐路』

「……ん?」

「あ ―― は、初めまして。
 私、嵯峨野書房の小鳥遊と申します」


 先生へ自分の名刺を差し出す。


 (うわぁぁ――本物の夢美乃碧羽が私の名刺
  受け取ったぁぁぁ!!)


「……たかなし かずは……フッ……」


 何気に軽くいなされたって感じだけど……
 これくらいで凹んでいては、編集者は務まらない。


「神谷の代理でお約束の原稿を頂きに参りました」  

「……今日はハーブティーか」

「はい、このところ、お仕事続きでお疲れのご様子
 でしたので、疲労回復効果のあるレモングラスに
 してみました」


 と、淹れたお茶を先生の元へ運んで、
 もうひとつのカップを先生の向かい側へ置いた。


「さ、宜しかったら小鳥遊様もこちらへどうぞ」


 バトラーさんが薦めてくれた。


「あ ―― はい、ありがとうございます。えっと、
 あの……」

「あ、申し遅れました。私、当ホテルの専属バトラー
 サービスを担当しております、市川と申します。
 では、ごゆっくり ――」


 と、市川さんは出て行った。

 残った私は先生との会話の間がもたず、


「……本当にいい香りですね。いただきます」


 市川さんが淹れてくれたハーブティーを
 ひと口飲んだ。


「ふわぁぁ―― 美味しい……」


 何だか私ときたら、このホテルに来てから
 感動のしっ放しだけど。
 このハーブティーは、口に含んだ途端
 爽やかなレモングラスの清涼感が口一杯に広がって
 マジ美味しかった。

 向かい側に座っている先生が ――


「このパンケーキもどうだい?」

「は? そ、そんな……」

「カリカリベーコンは? ベークドポテトもまた
 絶品で ――」


 思わず生唾を”ごくり”と呑み込む私。

 と、同時にお腹のムシが ”キュルルル ――”

 私は赤面。

 先生はそれまでのアンニュイな雰囲気とは180度
 変わって、明るく笑い飛ばし、


「さ、遠慮なんかせず、召し上がれ」

「……では、いただきます」


 フッ ―― ふふふ…………

 流石、5つ星ホテル!
 含み笑いも堪えられないくらい美味しい。

 外はカリッと香ばしく、
 中はフワフワのパンケーキは文句のつけ処なし。

 先生お薦めのベーコンとベークドポテトも
 お代わりしたいくらい、美味しかった。

 あっという間に完食。


「ふぅ――っ、美味しかったぁ。しあわせ……」

「……しあわせ、か……」


 やばっ ―― 目の前のごちそうに目が眩んで
 つい、主様の存在を忘れていた。

 それにコレってそもそも、先生の食事だったハズ。


「あ ―― 私としたことが……」

「……その言葉、いいよね」

「……は?」

「”しあわせ” ―― たったひと言で全てを
 表している」

「??あ、あの、申し訳ございませんでした。
 先生の分まで平らげてしまって……」

「いいや、大した事はない。見事な食いっぷりに
 見惚れていたよ」


 そんな風に言われ、余計赤面。

 あぁ、もう―― 初対面で何たる失態!
 原稿なんて貰えんかも……。

 等と考えていると、
 中腰の姿勢になって、
 何故か私の方へ身を屈めてきた先生の端正な
 お顔がゆっくり ――

 それは、あまりにも唐突だったため、
 実感すらないキスだった。


「ごちそうさま……さて、書くか」


 先生は片隅のライティングデスクに移動した。


「1万文字程度のエッセイだったね?」

「―― は? はぁ……」


 原稿執筆は僅か10分程で終わった。

 先生がパソコンからプリントアウトした
 生原稿を受け取り、ひと通りチェック。


「……校正は?」

「はい……結構です。必要、ありません」

「では、お帰りはあちら」

「……失礼致します」


 はじめてのおつかい、ならぬ ――
 久しぶりの原稿取りは、こうして無事終わった。
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