『続・7年目の本気~岐路』
*宿警察署・熊*神社前交番。
ちょうど今は日勤から夜勤の引き継ぎの時間帯で、
勤務を終えた警官らは各自荷物を持ち、
いつものように所属の警察署へ向かう。
警察官になって今年で6年目の池谷享巡査は
和巴が高校時代知り合った提携校の先輩男子。
警察学校卒業後は順調に希望する進路を突き進んで
いたが、2年前、当時の上司や先輩が起こした
不祥事の煽りを食らって降格、今はこうして
交番で勤務にあたっている。
交番の戸口から出た所で懐かしい顔に会って
相好を崩す。
「おー、和巴じゃん。久しぶりぃ」
「その節はどうも。……これからちょっと、
時間あります?」
「俺今から本署に戻って着替えてくっから、
まんぷく亭で一緒に飯食おうぜ」
「じゃ、うちここいらで待ってます」
*** *** ***
「―― あー、おばちゃ~ん?
キャベせんおかわりー!」
『あいよー』
「……大河内興行か……」
「知ってます?」
「2年前辺りからこっちにゴリ押しで進出して来てる
関西系暴力団のフロント会社だ」
「じゃ、倉本って男の方は……?」
そこで、店のおばちゃんが池谷が追加注文した
大盛りキャベせん=キャベツの千切りを
持ってきたので、2人の会話はしばし中断。
「はいよー、キャベせんお待ちどー。
それと、これはおばちゃんからの奢りね」
と、2人の皿へ鯵のフライをのっけた。
「うわぁ、おばちゃん最高」
「いつも、ありがとね~」
「いいえぇ、がんばってる若い子見ると、
なんだかこっちも元気もらえるから」
おばちゃんは別の客に呼ばれて行き、
池谷は話しの続きを始める。
「社長の倉本は、元高校教師。
大河内の3代目と幼なじみって奴で、
教師をクビになったあと今の役職に就いたんだが、
組と正式な盃は交わしていない。
でも、組織内では若頭補佐や若中に準ずる扱いを
されているらしい。若頭の津田以上に頭がキレるって
もっぱらの噂だ」
「先生をクビになったのはどうして?」
「未成年に対する強制わいせつ罪。私立の進学校
だったんで、被害にあった生徒と父兄に手を回して
示談に持込み、何とか起訴だけは免れたが、倉本は
警察へ任意同行を求められた時点で懲戒免職処分に
処せられた」
「元、学校の先生ねぇ……子供を手懐ける術は熟知
してるって事かな……」
「なぁ、和巴、気ぃ付けぇよ。ヤクザの下っ端が
若い女の子に近づいてくる時は、絶対良からぬ
下心があるもんや」
「あ、ありがとう、池谷先輩……」
下心……? やっぱり奴の狙いは……。
***** ***** *****
池谷先輩のおかげであの倉本って男が
どんな奴か?
大方の情報は得られたけど。
あ~ぁ、先輩、相変わらず痛いとこ
突いてくるよなぁ……。
1人、ゴチて、自動改札機を通った時、
マナーモードのスマホがポケットの中で
ブルブルブル ――って振動した。
ディスプレイの発信者名は ”速水”
それを見て、
まだメモリーを削除してなかった事に気が付いた。
通路の端に寄って壁にもたれつつ、
まだ鳴り続けているスマホをじっと凝視する。
………… …………
!!それにしても、しつこいっ。
たま~に、忘れた頃かけてきても、
すぐ切ってしまうのに、
今夜に限って切れる事なく鳴り続けている。
このまま放置してやろうか、
なんて考えも浮かんだけど。
もしかしたら、
何か急用があってかけて来たのかも、
って思いもあって……ポチッ ――
通話ボタンを押してしもうた。
「……」
『……』
「……そっちからかけて来たんやから、
ウンとかスンとか言いなさいよ」
『あ、いや……和巴、わしの事なんぞ忘れてしもうた
思って……』
「いっそ忘れられたらなんぼ楽やったか……
急用ないなら切るでぇ」
『あぁ、待ってぇな。
実は俺、出向の内示受けたんや』
「捨てた女にわざわざ電話で出世自慢?」
『捨てた?! 捨てられたんは、俺の方やろ』
「はぁ~~っ……それで、ご用件は何ですのん?」
『内示受けたん ―― 東京地検なんだわ』
「!! へぇ~、えらい出世やねぇ」
『なんや、ごっつ棘のある言い方やな』
「……」
『でも、地検には行かへん』
「ふ~ん、行かへ ―― えぇっ?! どうしてっ。
あの口煩い小母さんがよう許してくれたな」
『母さんだけにじゃなく、親父からも勘当されたよ』
深刻な問題を話してる割りに、
タロの口調は楽観的だ。
『で、いい機会やから弁護士になったろうと思ってな。
今度の週末そっちに行く事にした』
「……そっか。ほんなら、こっちに来たら一緒に
飲も。利沙もあつしも幸作もこっちにおるんよ」
『へぇ~、なつかしな。ほな、その時また』
「あ、タロちゃん ――」
『なん?』
「……電話くれておりがと」
『ん。こっちこそおおきに。おやすみ』
”タロちゃん”こと、
速水太朗(はやみ たろう)は、
京大・法科大学院から法務省へ入省したエリート。
だけど中学時代私にちょっかい出して、
皓さんに省かれたボーイフレンドのひとり。
生来、気の弱い彼は皓さんからちょっと強く
意見されただけですっかり逃げ腰になってしまい。
グループ交際から発展した、
月に2回程度しか会えないデートも
だんだん素っ気ないものになっていき。
お互い違う高校へ進学したと同時に、
付き合いも自然消滅した
あいつとはあの時、終わったと思ったけど。
めぐみとあの倉本って男が微妙な関係になってる今、
タロが転職して弁護士になるなんて……。
彼との接点も多くなるような、ほぼ確信に近い、
そんな予感がしてる。