さざなみの声
ひとり


 寄せては返す波に足下の砂をさらわれて、素足に感じる海水の冷たさと逃げて行く砂の心細さが今の私の、そのままの気持ちを表しているかのようだ。

 まだ六月。海開きは七月だったかしら。石岡 寧々(いしおか ねね)二十五歳。人も疎らな海に一人で居る私は、どんな風に見られているのか、そんな事も気にならない。

 この季節、一人旅なんかに出るんじゃなかった。どこへ行っても修学旅行の学生と出会う。昨日は高校生の団体、きょうは中学生だろうか? あんなに無邪気に笑っていられる事が懐かしくもあり羨ましくもあった。

 私にも、あんな時代があったのよね。出来る事なら、あの頃に戻りたい。戻って、もう一度やり直したい。

 愛したら愛した人は、いつも傍に居てくれる。そんな簡単な事も望めなかった。何故なら彼には帰るべき家庭があったから……。

 分かっていた。彼を独り占め出来ないことも一緒に朝を迎えられないことも。もっと大人なつもりでいたのに……。

 大人って何だろう。寂しくても甘えたりしない。自分の立場を弁えてる。無理なことは思っても口にはしない。すべて自分が我慢する。

 そうして過ごして来た二年もの間、誰にも知られることもなく。そして誰にも気付かれることもなく二人は終わった。修羅場すらなかった。それは静かに終止符を打った。

 彼は温かな家庭へと帰って行き、私は忘れるために、ここへ来た。海が見たくなった。そんな単純な理由だけでバイトを休んで……。
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