さざなみの声


「寧々、シュウさんとは上手くいってるのよね?」

「なに? 大丈夫よ。心配要らないから」

「でもね。男の人って仕事やいろんなストレスを抱えてたりするのよ。少しくらい機嫌が悪くても、そのうち治るからあまり気にしない事ね。もちろん気遣いや思い遣りは大切だけど、たまには干渉しないで、そっとしておいてあげるのも一緒に生活して行くには必要な事だからね」

「そういうものなんだ。シュウもそんなところあるのかな?」

「完璧な人間なんて、そうそう居ないんだと思うわよ。自分だって完璧じゃないのに相手にそれを求めるのは酷でしょう? お互いが長所も欠点も認め合って、それでも一緒に居たいと思える相手なら結婚生活も続けられるんだと思うけどね」

「結婚三十年の重みを感じる言葉ね。私もシュウとそうして生きて行くんだ。きっといろんな事があるのよね。頑張ってみるよ」

「そうね。シュウさんは寧々が選んだ人なんだからね。もしも上手く行かなくてダメになるような事があったら、寧々の男の人を見る目が無かったってことよ」

「うん。そうならないように生きて行くから安心して。シュウを選んで良かったって心から思えるようにね。お父さんにもお母さんにも心配は掛けないから」

「そうして貰いたいわね。シュウさんと喧嘩したからって実家に帰らせていただきますって訳にはいかないわよ。シンガポールから、そうそう里帰り出来ないことを忘れないで」

「はい。ご忠告を肝に銘じて決して忘れません」

 母は笑っていた。

「私ね。お父さんとお母さんみたいな夫婦になれたらって思ってるの。小さい頃から、ずっとそうなりたいって思って来た」

「何言ってるの。もっと上を目指しなさい。素敵な夫婦になってね」

「ねぇ、今夜、お母さんたちの部屋で一緒に寝ても良い?」

「お父さんも私も、寧々はもうお嫁に出したって思ってるのよ。シュウさんのところへ行ってあげなさい。寧々も疲れてるんでしょう? 時間も遅いから休みなさい。ゆっくり休めるのは今夜だけかもしれない。帰ったら、もっと忙しい事が待ってるんでしょう?」

「うん。分かった。ありがとう。結婚を認めてくれて本当に感謝してる。でもシュウと結婚しても、お父さんとお母さんの娘だからね。私はずっと。じゃあ、お風呂に入って寝るね。おやすみ」

「おやすみ」

     *

 寧々、ごめんね。でも、あなたの選んだ人生だから。あなたには何かあった時、相談する姉妹もいない。だから強くなって欲しいの。ただ強いだけではなく一人でも生きて行ける、しなやかさを持っていて欲しい。あなたの幸せを誰よりも願っているのは父さんと母さんだからね。結婚したからには生涯愛される女性になりなさいね。そのための努力を惜しまない、たおやかな優雅な女性に……。

     *

 私は居間を出て着替えを取りに行き、お風呂に入った。このお風呂に次に入るのは何時になるんだろう。何時でも帰れると思っていた時は考えもしなかった。

 シュウは今頃きっと夢の中だろう。さぁ私も寝よう。シュウの眠る部屋の襖をそっと開け部屋に入って静かに閉めた。足音を忍ばせてシュウの隣りの布団に入る。

「おやすみ」

 やっぱり疲れていたんだろう。私もすぐに眠ってしまった。この家で、この部屋で独身最後の夜。
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