さざなみの声
3
朝、目が覚めて携帯を見たら六時を少し過ぎたところ。もう母はキッチンで朝食の支度をしているのだろう。父は居間で朝刊を広げて読んでいる。老眼鏡を掛けて。
穏やかな日曜の朝。私の隣りにはシュウが眠っている。熟睡しているように見える。いろんな意味で疲れたんだと思う。起こした方がいいのかな。
きょうはもう帰らなければならない。シュウのお宅に挨拶に伺う。許しを貰えた事を報告に行き、その足で区役所に婚姻届を出しに行く予定。旧姓のままのパスポートでは海外赴任の家族とみなされない。とにかく何もかも、すべての事に時間がなくて急いでいた。パスポートの申請もビザも間に合わせなければならない。シュウが目を覚まして
「あれ? 寧々、川の字は?」
「もうシュウの奥さんになったと思ってるからって断られた。シュウと一緒に居てあげなさいって母が」
「そうか。僕も婿として認めてもらえたって事だよな」
「うん。もちろんよ。素敵な夫婦になりなさいって」
「そうだな。お母さんの期待を裏切らない良い夫婦になろうな」
「夫婦か……。まだ今一つピンと来ないけど……」
「シンガポールへ着けば嫌でもピンと来るよ」
って笑ってる。
「さぁ起きようか。帰ってからも忙しいし」
「おはようございます」
二人で居間に行くとテーブルには炊きたてご飯と、焼き魚に玉子焼き、おひたしなど。
「さあどうぞ」
母が赤だしのお味噌汁を持って来てテーブルに置いた。シュウには初めての赤だし……。
「どう? 赤だしのお味噌汁は初めてでしょう?」
「美味しいです。家は白味噌なんですけど赤だしも美味い」
「そうか。それは良かった」
父は笑顔だった。
四人で食べる朝食。何年か先には、またこんなふうに賑やかに……。そうよね。別にこれが人生最後の食卓じゃないんだから。食事を済ませ帰り支度をして玄関に立ち
「ありがとうございました。またきっと伺います」とシュウ。
「待ってますよ。ご両親に宜しくお伝えください。たくさんのお土産をありがとうございましたと、くれぐれも」
「シュウさん、これは私たちから、ほんのお礼のつもりです。ご両親にお渡しいただけますか? 荷物になって申し訳ないけれど」
「お気遣いありがとうございます。ではお言葉に甘えて頂戴します」
「寧々、元気でな。シュウ君と二人で幸せに」と父。
「心配しないで。大丈夫だから。また来るからね」
「気を付けてね」
と母。笑顔だったけど、どこか寂しそうで……。
「じゃあ行くね」
私は出来るだけ元気に言った。
「失礼します。ありがとうございました」
シュウは丁寧に頭を下げた。
二人を乗せた車は走り出し、門の外まで見送ってくれた父と母の姿が、いつまでも見えていた。