さざなみの声
一年後
1
そして寧々とシュウがシンガポールへ旅立ってから一年の月日が経っていた。
きょうも寧々が販売のアルバイトをしていた店舗で店長はいつものように忙しく仕事をしていた。
「寧々ちゃんがシンガポールへ行って、もう一年が経つのね」
あの日の華やかなウェディングドレスを着ていた寧々を懐かしく思い出していた。
「寧々ちゃん本当に綺麗だった……」
バイトの子が
「店長、なにか?」
「あぁ、ううん。独り言よ。そうそう絵里ちゃん、そろそろ時間ね。お疲れさま」
「はい。じゃあ、これを片付けてから帰らせてもらいます」
「えぇ、ありがとう」
そこへ久しぶりに啓祐が現れた。
「まぁ、津島部長。どうなさったんですか? ご無沙汰してました」
「ご無沙汰は僕の方だよ。店長、元気だったのかな?」
「えぇ、もちろん元気で働かせていただいてますよ」
店長は笑顔で言った。
「実は店長に良い話を持って来たんだ」
「良い話って、なんでしょうか?」
「今度、新宿のファッションビルに店舗を出すことが決まってね。そこを任せられる人材を探しているんだ。この店舗の四倍くらいのフロアになると思う」
「やっぱりあの噂は本当だったんですね」
「君の耳にも入っていたのか?」
「えぇ、あのビルなら集客力もすごいだろうし、忙しくなりますね。部長」
「それで、ぜひ君に店長をやってもらいたいと思ってね。しかも課長待遇だ。悪い話じゃないだろう?」
「えっ? 私がですか?」
「そうだよ。一方的に辞令を出す前に、君の希望を聴いておきたいと思って来たんだよ」
「あの……。でも部長、本当に私なんかで良いんでしょうか?」
「君の店長としての手腕は認めているんだよ。ただ……。やはり女性だから……。その……」
「言いにくそうですね。もしかして結婚とか、そういう心配ですか?」
店長は笑顔で言った。苦笑と言うべきか……。
「あぁ、まあそうだ。引き受けてもらうからには、少なくても三年は腰を落ち着けて頑張ってもらいたい。あのファッションビルでの失敗は許されない。ここで店長をしているような訳にはいかないのは君も理解してくれるだろう。相当の覚悟をしてもらわないと出来ない仕事だ。でも君ならやってくれると期待しているんだが」
店長は少し考えてから
「分かりました。喜んでやらせていただきます。ありがとうございます」
その顔には仕事に生きる女の強さ、逞しさが溢れていた。