さざなみの声


「幸せそうな笑顔は、見ているだけで満ち足りた気分になるものですね」

「どうした、啓祐君」

「あ、いえ、ちょっとお義父さんの気持ちが分かった気がしたんです」


 寧々、シンガポールに居たんだ。

 店長から寧々がデザイナーとして充実した仕事をしていたこと、そして寧々を大切に想ってくれる人と結婚して、優秀な商社マンのご主人が海外赴任になり一緒に行ったことは聴いて知っていた。

 でもまさか偶然会えるなんて思わなかったよ。


「明日には、もう日本に帰るんだろう?」

「えぇ、出張のついでに、ちょっと寄っただけですから。また夏休みにでも子供たちも連れて遊びに来ますよ」

「そうだな。二人とも大きくなっただろう?」

「えぇ、四月からユウタは幼稚園、リカは中学生ですよ」

「リカは貴子に似てきたんだろうな」

「性格は貴子にそっくりですね。しっかりしてますよ女の子は。逆にユウタは優しいですけどね」

「それは啓祐君に似たんだろう」

「そうですか?」

「そろそろ帰らないと貴子から角が生えるぞ」
 と笑っていた。

「そうですね。でも安心しました。住みやすそうな町で。まさかリタイヤしたお義父さんが、シンガポールに移住するなんて思ってもいませんでしたよ」

「もう一年になるんだな。四季がないから年寄りには寒くないのは助かるよ。さぁ、私も帰らないと家内から角が生えると怖いからな」

「えぇ、僕もホテルに帰ります」

「送って行くよ」

 席を立った二人がレストランから出て行った事にも寧々は気付かない。

 啓祐は心の中で呟いていた。
『寧々、本当に美しくなったね。いつも君の幸せを遠くから祈っているよ』
< 116 / 117 >

この作品をシェア

pagetop