さざなみの声


 特別な日の美味しいコース料理を堪能して、テーブルにはエスプレッソとソルベ。

「素敵なお料理だったわね」

「そうだね。寧々、少しワイン飲み過ぎてないか?」

「とっても飲みやすかったから。でも大丈夫よ」

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

 寧々は真っ白なストールを羽織って美しい背中を覆った。

 まだ一月。常夏の国ここシンガポールでも、夜は少し肌寒く感じる。

 レストランを出て二人はエレベーターへと向かう。夜景が見渡せるガラス張りの高速エレベーターが開いた。誰も乗っていない。美しい夜景の素晴らしさに寧々は見惚れていた。

「寧々、背中、大丈夫か?」
 ストールを直す仕草をしながら、シュウにそっとキスされた。

「シュウ……」

「寧々がすごく綺麗だから」
 照れたように笑うシュウ。

 寧々は幸せだった。二年経っても少しも変わらないシュウ。愛されているという自信が寧々をますます美しくさせている。

 タクシーに乗って二人の住むマンションへと着いた。部屋に入ると寧々はストールを外した。

「シュウ、シャワー浴びる?」

「ワイン飲んだから、明日の朝にするよ。寧々もだよ」

 シュウは寧々の背中にキスした。

「シュウ……」

「みんなが寧々の背中をうっとり見てたよ。羨ましそうにね」

「もう……。ねぇ、シュウ、サイドファスナー下ろしてくれない?」

「いいよ」


     *


 ファスナーを下ろすとシュウは、そのまま寧々を抱き上げた。

「シュウ……。着替えるから……。下ろして……」

 戸惑う寧々の様子は余計にそそる。

「このままでいいよ。それに朝まで何も着せるつもりないから」

 ワインで、ほんのり桜色に染まる寧々をそのまま寝かせる選択肢はない。
 お酒の入った寧々は、びっくりするほど色っぽい事をまるで自覚してない。

 こんなチャンスを僕が逃す訳ないだろう……。

「シュウ……もう許して……」

 寧々に、そこまで言わせてしまった。さすがに少しだけ反省し、疲れて眠る寧々にそっとキスして……。

 もう明け方近く……。

 愛しい寧々を腕に優しく抱きしめて、シュウも深い眠りに就いた。


     *


 そしてその夜、二人の間に……。

 愛すべき小さな小さな生命が宿り始めていることをまだ誰も知らない。

 寧々が体調の変化に気付くのには、もう少し時間が掛かることになるのだけれど……。

 シュウが寧々から聞かされて、嬉し過ぎて気絶しそうなほど喜ぶことになるのも……。





     ~~ 完 ~~

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