さざなみの声


「ありがとう」

「どういたしまして」

「そうじゃなくて……。シュウの気持ちに気付いてあげられなくて、ごめんね。シュウと一緒に居られた時間、楽しかった。ありがとう」

「そんなこと言うなよ」
 また寧々を好きになるから……。

「ごめん。おやすみなさい」

「あぁ」

 ドアを閉めて歩いて行く寧々を追いかけて抱きしめたかった。お前を忘れる方法があるんだったら教えてくれ……。

 車を出して左に曲がると信号は赤。ふと見ると道路沿いのアパートの二階に寧々の姿を見付けた。ここに住んでいたんだ。信号が青に変わってアクセルを踏んだ。

 会社の子との初デートで入った店に寧々が居るなんて思わなかった。

 やっぱり寧々じゃなきゃダメらしいよ僕は……。自分から寧々を怒らせて別れておいて、それでもずっと忘れられなかった。



 僕の大学の学祭で初めて出会って一目惚れだった。可愛かった。とても。最初はグループ交際で始まった。三ヶ月ほど経って二人だけで付き合いたいと告白した。寧々が返事をくれた時には天にも昇る気持ちだった。交際は順調で二人だけでいろんな所に出掛けた。貯めたバイト代で安い車を買って助手席で寧々が笑っていてくれるだけで満足だった。

 そのうち寧々のアパートに行くようになった。一緒に朝を迎えることも……。

 寧々を初めて抱いた時、僕の腕の中で寧々は初めての痛みに耐えていた。僕は寧々を傷付けているような複雑な気持ちだった。

「シュウが大好きだから大丈夫」

 僕の胸で涙を零した寧々が愛おしくて死ぬまで離さないと決意していた。そして寧々は少しずつ女に変わっていった。生涯を懸けて守って行こう。それほど愛していた。就職も二人で十分生活出来る一流商社に決まり

「卒業したら結婚しよう」

 寧々にプロポーズした。当然寧々は受けてくれるものだと信じていた。でも違った。

「自分を試したい。夢を叶えられるよう。それからじゃいけない?」

 プロポーズを断られた訳じゃなかった。なのに釈然としなかった。デザイナーになる夢の方が大切なのかと。つまらない事にこだわって連絡も入れなかった。今考えても大人げなかったと反省してるんだ。寧々の方から謝って来る。何故か変な自信があった。でも寧々は黙って引っ越してしまっていた。

 みゆきが、ちゃんと話し合いなさいねと機会を作ってくれた。

 その日、母が倒れた。

 なぜもっと早く寧々に会いに行かなかったのかと後悔した。でももう遅かった。すべて僕の責任だ。寧々は悪くない。今なら今の僕なら寧々の夢を応援してあげる事が出来るのに……。
< 16 / 117 >

この作品をシェア

pagetop