さざなみの声
6
いつも日曜日には実家へ母の顔を見に行くのだけれど、きょうは遅くなったし、また来週にしよう。
マンションに着いて駐車場に車を入れた。四階にある部屋のドアのカギを開けて入る。一人暮らしのワンルーム。ほとんど寝に帰るだけのような部屋。
今朝この部屋を出る時は憧れのマドンナとの初デートに、かなりドキドキしながら身だしなみも整えて幸せな気持ちで出掛けたのに……。
寧々を忘れようと初めて誘った子とのデートで、まさか寧々に出会うなんて……。
確かに噂はあった。社の男性社員を次々に渡り歩いて貢がせているお嬢様。でもあんな綺麗な彼女が、そんな事をする訳がない。そう思った僕が甘かった。まあ五万なら少ない方か……。五十万のバッグを買わされた奴もいるらしいと聞いた。それがどんな奴なのかは知らないが……。
寧々に簡単に見破られた彼女の正体。二度目のデートはないな。女は怖い。彼女と居た時間より寧々と居た時間の方が短いのに、今、目に浮かぶのは寧々の顔。会いたいのは寧々ただ一人。そんなことは自分が一番分かっていたはずだ。
明日は仕事だ。さっさとシャワーを浴びて休もう。濡れた髪をタオルでガシガシ拭きながらデスクの引き出しを開けた。
寧々との初デートの時に、お揃いで買った携帯ストラップ。寧々は、とっくに忘れてしまっていたようだった。僕はまだ捨てられずにいる。男の方が女々しいのか。別れた寧々との思い出も捨てられそうもない。
寧々はもう別の恋人が居るようだった。二年ぶりだったのか。あれからそんなに経つんだ。本当に綺麗になっていて愛されているのが良く分かった。どんな男なのか知りたくもないけど。
幸せになれよ今度こそ。お前の夢も一緒に包み込んでくれる包容力のある男なんだろう。
今ほど自分を情けなく思った事はない。寧々の幸せを祈る事しか出来ない。本当にバカだ。僕は……。