さざなみの声
心の中
1
シュウにアパートまで車で送ってもらった。何年ぶりだろう。今のアパートにはシュウに内緒で引っ越した。シュウのことは好きだった。愛してた。私にとって初めての大人の恋愛だった。
でもまだ結婚は正直考えられない。デザイナーとして仕事が出来るのかどうかも分からない。それでも何もしないで諦めることは出来なかった。
あの時シュウが来ても来なくても私の選択は変わらなかったと思っている。デザイナーになる夢を選んでいたんだと思う。それをシュウが認めてくれるのかどうか私は確かめたかった。大袈裟に言えば私の一人の人間としての人格を認めてくれるのかどうか。
女は結局いつか家庭に入るんだから仕事なんてしたって意味がない。キャリアなんて積んでも誰も認めてくれない。それなら料理の一つも覚えた方が役に立つ。どう取り繕っても、ほとんどの男はそう考えているのだろう。理解のあるような事を言っている人たちですら。
一人の男を愛して結婚して家事をして○○さんの奥さんと呼ばれ、子供を産んで育てて○○ちゃんのお母さんと呼ばれ、夫と子供のために生きて行く。人間としての尊い営みを否定するつもりはない。一人の男と生涯添い遂げる。母親として子供を愛し慈しみ人様に迷惑を掛けることのない正しい価値観を教え周りの誰からも愛される人格を育むことは生涯を懸けても惜しくない人間の本来在るべき素晴らしい姿。
生涯独身で居たい訳じゃない。でも今はもう少し自分自身のために生きたい。
シャワーを浴びて冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、ひと口飲んだ。机の上に昨夜書いたデザイン画が数枚。何かが足りない。何が足りないんだろう。気持ちが入ってない。ふと引き出しを開けて目に入った物はシュウとお揃いの携帯ストラップ。シュウ覚えていたんだ。