さざなみの声


 シュウと私だけが残された。

「これから何か予定ある?」
 とシュウ。

「ううん。帰るだけよ」

 啓祐も親戚の結婚式だと言っていた。大安吉日? よっぽど御日柄が良いのね。

「美味しいコーヒー付き合わないか?」

「えっ?」

 コーヒーくらいならいいか……。シュウはタクシーを停めた。

「はい、乗って」

 タクシーがしばらく走って止まった場所は……。喫茶店? どこに?

「ここだよ」
 ってどんどん歩いて行くシュウの後を歩く。でも……

「ここマンションでしょう?」

「うん。僕のね。コーヒー飲むだけだよ。何もしないよ。彼の居る女に手を出すほど肉食系じゃないよ」

 はぁ、やっぱり帰れば良かった。エレベーターのドアを開けたままシュウが待ってる。仕方なく乗り込む。シュウは四階のボタンを押して何も言わない。私も何も言えない。四階に着いて右に歩いて行くシュウの後から仕方なく歩く。部屋の前に止まってカギを開ける手元を見ていた。

「さぁ入って」
 と普通に言われても。いいのかな? と思いながらシュウの部屋に入った。ワンルームの部屋は思ったより綺麗に片付いている。

「着替えるから、ちょっと待ってて」

 そう言われ私は玄関でシュウに背中を向けてドアを見つめていた。上着を脱ぐ音、ネクタイを外す衣擦れの音……。

「いいよ、上がって。コーヒー入れるね。その辺に適当に座ってて」

 サテンのパンプスを脱いでフローリングの部屋に入る。小さなテーブルの前に、なんとなく座った。しばらく待っているとコーヒーの良い香りがしてきた。

 シュウがマグカップ二個を持って私の前に一個を置く。

「ありがとう」

「ミルクも、お砂糖も要らなかったよね」

「うん」
 ひと口飲んだ。
「美味しい」
 濃過ぎない。私には、ちょうど良い。

「だろう。美味しいコーヒーって言うのは間違いないだろう?」

「うん」

 コーヒーの香り、何故か心が落ち着く香り。
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