さざなみの声


 クリスマスから、お正月休みが終わるまでは暫く会えない。二週間と少し。そんなことは今までにも、いくらでもあった。

 お店は元旦の一日だけが、お休みで、あとは営業。実家に帰るバイトの子の代わりも引き受けた。忙しくて帰れないと実家には電話を入れておいた。両親の顔をまともに見られそうもない私の、せめてもの言い訳。

 髪も乾かして化粧もして。昨夜は突然で着替えは持っていない。きょうは早番。コンビニで朝食を買って早めに入ろう。



 クリスマスも終わって後何日かで今年も終わる。他のバイトの子も帰って店長と私の二人だけ。閉店の準備をしていたら店長が

「たまには付き合わない? それとも急ぐのかしら?」

「いえ、急いで帰っても誰も待っていませんから」

「私と同じね」って店長は笑っていた。


 近くにある、お惣菜がお薦めの居酒屋に連れて行ってくれた。カウンターに美味しそうな、おふくろの味が大皿で盛ってある。家の母がよく作ってくれるような物ばかり。ひじきの煮付け、鰤大根、ポテトサラダ、きんぴらごぼう。懐かしい家庭の味とビール。どれも美味しくて、まるで実家に帰ったよう。

「母親の味付けみたいで美味しいです」

「でしょう? 私はよく来るのよ。家庭の味が恋しくなると。一人分作るのって不経済よね。材料も使い切れないし」

「分かります。だからついコンビニのお弁当なんてことに」

「そういえば、この頃よく来てくれる寧々ちゃんのお友達……」

「あぁ、シュウですか?」

「シュウ君って言うの? 彼は恋人なのかしら?」

「いいえ違います。ただの学生時代の友人の一人です」

「そう? でも彼は寧々ちゃんのこと、どう想っているのかしらね」

「さぁ、知りません。それより店長は居ないんですか? 好きな人」

「う~ん。今は居ないわね」

「今はってことは以前は居たってことですよね。店長、お綺麗だし」

「実はね。私バツイチなの。お店の誰にも言った事ないんだけど」

「えっ、そうだったんですか。ごめんなさい……」

「どうして寧々ちゃんが謝るの?」
 店長は笑いながら言った。

「何か触れてはいけないところに踏み込んだみたいで」

「もう気にしてないのよ。結婚してたのも、たった一年だったしね」

「どうして別れたんですか?」
 私は恐る恐る聴いた。

「夫がね、極度のマザコンだったの。何もかも、お母さん任せで私には何もする事がなかったのよ。一緒に居る意味ないでしょう?」

「何歳の時なんですか?」

「二十三歳で結婚して二十四歳で離婚したの。今の寧々ちゃんくらいよね」

「私、来月二十五歳になります。店長もう結婚は考えていないんですか? まだ充分お若いのに勿体ないですよ。好きなタイプとかは?」

「タイプはもうないわね。元夫、結構イケメンだったのよ。見た目じゃないのよ。男は中身。人間として尊敬出来る人じゃないと無理ね。結婚なんて続かない」

 店長まだ三十二歳くらいだったと思う。たった二十四歳で悟ってしまったんだ。私はまだ何一つ悟れない。啓祐のことも、それからシュウのことも。

 店長と飲んで食べて楽しい時間を過ごせた。一緒に働いていても知らないことは、たくさんある。バツイチだなんて全く知らなかった。仕事が出来る女。仕事一筋で男なんて要らない。勝手にイメージを作っていた。話してみないと人は分からない。どんな辛い想いをしてきたのか、どれ程傷付いてきたのか。

 人生の良き先輩として相談したかったくらいだ。啓祐とシュウが店長と面識が無く何の縁もゆかりもなければ。縁もゆかりも有り過ぎる。この二人だと悟られずに相談出来ないかな……。やっぱり無理だ。もしも分かってしまった時に気まず過ぎる。
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