さざなみの声
4
「あのう、きょうは、ありがとうございました。コンテストの資料わざわざ持って来てくださって」
「少しでも早く教えてあげたくてね。頑張るんだよ。絶対に選ばれて本社においで」
「ありがとうございます。自信はないですけど。これが最後のチャンスだと思って頑張ります」
「その前にちゃんと風邪を治さないとな。早くベッドに入って休みなさい。じゃあ、おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
啓祐の携帯が切れた。
部屋の灯りを消して、そのままベッドに入った。それでも眠れない。
もしも啓祐の待つホテルに向かっていたら今頃、啓祐の腕の中に居たのに。後悔しているのかもしれない。でももし行っていたら、やっぱり後悔したんだろう。しかももっと……。
別れると決めたんだから。もしもう一度抱かれたら、きっと離れられない。
眠ろうと思えば思うほど眠れない。啓祐の顔、声、髪の手触り、広い背中、熱い胸。そっと耳元で囁かれる言葉、唇、温かい大きな手、繊細な指。啓祐の腕の中で優しく追い詰められる時。心に体に啓祐の残像……。
消してしまえない想いはどうすればいいのだろう? 泣きながらでも忘れると決めていたのに。優しい声を聞いただけで決心が鈍る。
二人の時を刻む時計を動かしてしまったのは私。啓祐は私の気持ちに応えただけ。
動き出してしまった針を止めるのも私の役目。素手でガラスを割って針を握りしめて指先が傷付いても血に染まっても必ず止めてみせる。
ほとんど眠れずに微熱に浮かされたまま鳥のさえずりを聞いていた。
それから三日後。バイトも済んでアパートに帰って食事も済ませて、のんびりしていたら啓祐からの着信……。
「はい」
「風邪はもう治った?」
「はい。なんとか。今どこですか?」
「まだ会社なんだ。週末までは忙しくてね」
「そうなんですか」
「次の日曜、バイトが終わってから食事しないか? この前の割烹に予約入れるから」
「次の日曜は遅番だから……」
「じゃあ、次の週なら早番だよね?」
「あ、いえ。他のバイトの子の都合でどうなるか」
「そうか。寧々、細いから、しっかり栄養付けて良いデザイン考えて貰おうと思ったんだけど。無理か」
「ごめんなさい。私、今回のコンテストで何の評価もされなかったら、もうデザイナーは諦めようと思ってるんです。だから後悔しないように、もうこれ以上出来ないくらい私の中で最高のものを作りたいんです。だから……」
「分かった。期待してるから。寧々の最高を見せてくれるんだね。いい物が描けるよう祈ってるよ。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」