さざなみの声
啓祐の妻 貴子
啓祐は販売促進部長として忙しい日々を過ごしている。
家庭に帰れば良き父親、良き夫として自然に振舞っていた。
しかし……。貴子は気付いていた。啓祐のわずかな変化をも見逃すような女ではない。それを知らないのは啓祐本人だけだったのだ。
*
月に何度か帰宅が遅くなっていた啓祐に、なんとなく違和感を感じていた。仕事は忙しいのだろう。仕事上の付き合いもあるのだろう。
でもそれだけではないような気がしていた。不倫? まさか……。
貴子は時々実家へ顔を出していた。たまたま母親と二人だけになった時になにげなく言ってみた。
「啓祐さん、もしかしたら浮気してるかも……」
貴子の母は
「そうなの? なにか証拠でもつかんだの?」
母は穏やかに言った。
「ううん。そうじゃないけど……」
「それなら、そっとしておくべきね」
「私を裏切ってるかもしれないのに?」
「啓祐さん、優しいから。若い女性の部下の相談に乗ってあげてるだけかもしれないわよ」
「でも……。浮気なら絶対許さない」
「そうかしら? 浮気なら許してあげるべきじゃないかしらね」
「お母さんは平気なの? お父さんが浮気しても」
「お父さんは……。浮気じゃなくて本気だったから……」
「えっ? お父さんにそんなことがあったの? いつ?」
「まだ、あなたが小さい頃ね。調べようと思えば出来たけど、私はしなかったわよ」
「じゃあ、どんな人か知らないの?」
「知ってもしょうがないでしょう? そりゃあ良い気はしなかったわよ。でも騒ぎ立てたら余計に火を煽るだけよ。私はなんでもない振りをして、いつも以上に綺麗にして買い物で不満を解消して美しい妻でいようと心掛けたわ。浮気なら戻って来る。本気だったとしても、目が覚めれば戻って来る。男ってそういうものよ」
「もし離婚をきりだされたら? どうすればいい?」
「啓祐さんはそんなことしないと思うけどね。もっと分別ある人よ。ただ相手の女が結婚を迫るような女なら、ないとは言えないけど」
「私、どうしたらいいの?」
「だから良い女で、良き妻でいればいいのよ。そろそろ二人目の子供を作りなさい。あの子煩悩の啓祐さんなら自分の子供を捨てたりしないわ。もしも啓祐さんに浮気相手がいるのなら、貴子の妊娠はショックなはずよ。そうでしょう?」
「そんな気になれない……」
「啓祐さんを嫌いになった?」
「そうじゃないけど……」
「あの啓祐さんなら、浮気の一つや二つ許してあげなさい。他の女性から見向きもされない男より、素敵な男性として若い女性にも人気のある上司。その妻のあなたの方がもっと素敵な女性ってことよ」
「納得出来ないけど……。そろそろ二人目が欲しいとは思ってたから……」
「じゃあ、しばらくは目を瞑ることね。まあ台風みたいなものよ。過ぎてしまえば綺麗な青空が見えるわよ」
そしてその後、貴子は二人目を授かった。