さざなみの声
それぞれの道
1
数日後、津島部長が店に現れた。店長は満面の笑顔で
「部長、おめでとうございます。次は男の子だといいですね」
部長の顔色が変わった。
「あぁ、ありがとう」
そう言いながら私を見ているのが分かった。
「ちょっと在庫見てきます」
と私は奥に入った。
感の良い店長は、それで何かを察したようだった。
その夜、携帯が鳴った。
「はい……」
「寧々……」
「…………」
「ごめん。僕は君を騙していたんだね。知ってたのか?」
「前に店長が本社で部長の噂をしているのを偶然聞いて来て……」
「それであのデザインなんだな。わざとだったのか」
「いいえ。あれが私の実力です」
「僕はどうすればいい? このまま寧々を失いたくない」
「奥さまとお子さんを大切にしてあげてください。生まれて来る赤ちゃんを幸せにしてあげて……」
「寧々はこれからどうするんだ?」
「もう疲れました。私、騙されていたんですよね。それでも幸せでした。でもやっぱり許せない。奥さまを抱いた腕で……」
「何でもする。寧々の望むことなら……」
「じゃあ、身重の奥さまと離婚して私と結婚してください。出来ないでしょう? 分かってます。そういう啓祐さんを好きになったんだから……。でも誰にでも優しいのは、もう止めた方がいいですよ。私みたいに勘違いする女を増やすだけですから。その腕に抱きしめるのは一番大切な家族だけにしてくださいね」
「すまない。寧々……。君を本気で愛していたのは嘘じゃない」
「啓祐、ありがとう。さよなら……」
私から携帯を切って、そのまま着信拒否に設定した。
目の前がぼやけて何も見えなくなっていく。後から後から、あふれる涙をどうすることも出来ない。
私は声を上げて泣いた。まるで迷子の幼児みたいに。このまま青白く光る砂になって消えてしまいたかった。
どれだけの時間をベッドの上で座ったまま泣き続けていたのか、泣き疲れて思考することさえ麻痺して、いつの間にか眠っていた。
もう啓祐と呼ぶこともない。その腕に抱かれることなどないだろう。それは哀し過ぎる現実だった。私自身で出した結論でもあったけれど。