さざなみの声
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さぁ私も部屋に入ろう。階段を上がりながら三十年後の私のとなりに誰か居てくれるのだろうか? そんなことを考えていた。ずっと先の話のような気がしたけれど。
部屋に入ってベッドに座って、そのまま横になった。キルトのベッドカバーから作り手の優しく温かい気持ちが伝わる。やっぱり来て良かったと思う。顔の浮腫みも治まったようだし。
もしも啓祐と一緒に来ることが出来たとしても、あのお二人のような穏やかな笑顔で居られたかどうか、やっぱり疑問だった。啓祐に嘘の言い訳をさせて……。旅行なんかの非日常な啓祐の姿の後ろに、いつもよりも余計に彼の家庭を見てしまいそうだった。
啓祐と朝まで一緒に過ごした事は一度もなかった。たとえ一晩だけ啓祐を独り占め出来たとしても二人の今の結果は、きっと変わらない。それなら、やっぱりこれで良かったんだと思うしかない。
奥さまや子供さんが私の存在に気付く前に別れて良かったんだ。誰も傷付けたくはない。傷付くのは私一人で充分だから。きっと時が忘れさせてくれる。
三十年後に、さっきのご夫婦の奥さまみたいに上品な穏やかな笑顔の女性になっていたいから。
一人の女としての私の人生は、まだ始まったばかり。誰からも褒められなくてもいい。自分自身が一番良く分かっていることだから。誤魔化しは利かないことも。誰よりも自分に誇れる生き方をしよう。そう決めていた。
なんだか眠くなってきた。シャワーは夕方海から帰って浴びたばかり。明日の朝にしよう。そのまま眠った。素敵な夢が見られそうだった。