さざなみの声


 大学時代、三年間付き合っていた同じ歳の彼が居た。みゆきに強引に連れて行かれた他校の学祭で知り合った。経済学部の学生でテニス同好会のキャプテン。携帯を教え合い何度か会っているうちに真面目な性格に一途に想ってくれている気持ちに周りの誰からも認められる恋人になっていた。

 彼は相沢 秀(あいざわ しゅう)早々と一流商社に就職が決まっていた。

「卒業したら結婚しよう」
 プロポーズもされていた。

 でも私は私の夢を諦められなかった。

「結婚してからだって寧々の夢は叶えられるだろう」
 そう言う彼に

「シュウ、結婚するのなら、ちゃんと家事とかも手を抜かないでシュウの良い奥さんになりたいの。でももう少し待ってくれない? 試してみたいの出来るところまで。いけない?」

「僕を愛してないのか? 一緒に居たくないのか?」

「そんなこと言ってないでしょう。どうして分かってくれないの……」

 決まって最後は、そのやりとりで終わる。

 自宅から大学に通っていた彼は私のアパートに泊まっていくこともよくあった。お互いが全てを知っていると思い込んでいた。長い人生のパートナーとして見てはいなかった。

 彼は私を束縛することが愛だと信じていたようだったし、私は彼の傍で自由に自分の夢を追いかけたかった。

 元々大学も違っていたし偶然会うことなどなかった。何度かのケンカの後、そのまま自然に会うこともなくなっていった。そして連絡することもなく私はアパートを引っ越した。

 みゆきには、ちゃんと話し合うべきだと何度も言われたけれど……。

 最後の話し合いの場所をみゆきがセッティングしてくれた。二時間待っても彼は現れなかった。それが彼の答えなのだと悟った。

 シュウと別れて一年が経っていた。

 私はデザイナーへの一歩すらも踏み出せず他の人のデザインした商品を売るだけの日々を過ごしていた。

 アパートに帰れば立ち仕事の疲れが容赦なく眠気を誘う。それでも簡単な食事を済ませシャワーを浴びると、また新しいデザインを書き続けるのが日課だった。

 疲れてテーブルで、そのまま眠ってしまうことも度々。努力が報われる日が来るのかどうかも分からない。
 夢を追いかける毎日を少しだけ辛く感じ始めていた。

 あの時、シュウと結婚すれば良かったのかな……。そんな想いが時折り頭を掠めていく。
 後悔はしてない。そう自分に言い聞かせていた。
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