さざなみの声
新たな仕事

1


 しばらく走ってシュウは、いつかの天ぷら屋さんに車を停めた。平日の夕食時、お店は混んでいた。シュウは、お座敷の個室を頼んだ。「どうぞ」と案内され靴を脱いで座敷に上がり障子戸を閉めた。あの時と同じ天重を注文して。

 ちゃんと話すからと言われて私からは聞けなかった。

「食べてからゆっくり話そうかと思ってたけど店も混んでるみたいだし、今話すよ。実は、きょう上司に呼び出されて異動の打診をされた」

「異動?」

「うん。来月から海外事業部に異動して欲しいと言われた」

「えぇ? 海外事業部?」

「そうなんだ。何で今頃って思うだろう? 僕も思ったよ。春に入って来る新入社員と一緒に、一からやり直せって意味かと思ったりもした」

「それは、もう決定なの?」

「断れない訳じゃないけど今までの総務に居辛くなるかもな。所詮サラリーマンだからさ。自分の思うままって訳にはいかない」

「でシュウの気持ちはどうなの? このまま総務に残りたいの? 海外事業部の仕事に興味あるの? やってみたいと思ってるの?」

「朝から呼び出されて話を聞いて、最初は何で今頃ってそればっかりで。でも考えたら自分を試せるチャンスを与えられた。そう思えるようになって。もう二十七歳だけど、まだ二十七歳なんだ。そう思えてきた。ただ今すぐではないにしろ海外勤務の可能性もある。海外事業部の仕事は何一つ分かっていないから数年はないと思うけど」

「そういえばシュウ高校の時ロスにホームスティしてたのよね。1年だっけ。英語ペラペラなのを忘れてた。それでなんだ……。数年後には海外勤務を命じられる可能性が出て来たってことよね」

「だから家族より先に寧々に話したんだ。もしも海外勤務の辞令が出たら一緒に行ってくれるか?」

「私……。そんな急に言われても返事出来ないよ」

「今すぐって話じゃないから考えておいて欲しい。僕は寧々に傍に居て欲しいんだ。離れて居たくない。何処に行かされるか、海外に行く事になるのかどうかもまだ分からない。でも何処に居ても寧々が傍に居てくれたら頑張れると思うから」

「シュウ……」

 突然降って湧いたような話に、ただ呆然としていた。運ばれてきた天重も……。

「シュウ、海老あげる。はい」

「食欲無くなった? ごめん。やっぱり食べてからにすれば良かったな」

「ううん。ただちょっと混乱してるだけ」

「うん。分かるよ。僕も今朝混乱してたから……」

 天ぷら屋さんを出てアパートまで送ってもらった。きょう明日の事じゃないのは分かってる。でもどうしたらいいとかこうしようとか答えが出ない。車をいつもの場所に停めてシュウは

「寧々、突然ごめんな」

「ううん。シュウだって突然の事だったんだから」

「うん。きょうは、ゆっくり眠るんだよ」

「シュウもね。これから忙しくなるんだよね。体、壊さないで、無理しないでね」

「寧々……」
 シュウに抱きしめられた。
「次の日曜、どこかへ出掛けようか?」

「うん」

「じゃあまたメールするよ。ちゃんと空けておいて。他の奴とデートなんて入れるなよ」

「私が? シュウ以外に誰とデートするの?」

 シュウにキスされた。そっと触れる優しいキス。

「おやすみ。気を付けて」

「すぐそこよ。心配しないで大丈夫だから。おやすみ」
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