さざなみの声


 課長の腕の中で自分が、どれだけ渇いていたのかを思い知らされた。人の肌の温もりを恋しいと思う。まるで見捨てられた子供のように……。

「寧々、とてもきれいだ。食べてしまいたいくらい」

「課長……」

 私は課長に何度も愛され雲の上を漂っては堕ちていく感覚に身を任せた。

「寧々、また会ってくれるか?」

「いえ……。今夜の事は忘れてください」

「嫌だと言ったら?」

「課長には奥さまが、いらっしゃるんでしょう?」

「あれは僕の妻ではない。娘の母親だ。来年のお受験で頭がいっぱいで僕を娘の父親としてしか見ていない」

「そんなこと……ないと思いますけど」

「娘が生まれてから僕は一度も妻を抱いていない」

「えっ……どうして?」

「待望の娘が生まれたから、もう用は無いそうだ」

「そんな……あんなに素敵に……」

「寧々だからだよ。可愛くて堪らない。一度抱いただけで、こんなに夢中になったのは初めてだ」

 課長に唇を指で撫でられて、そしてキスされていた。深く熱い想いが込められた体中が痺れるようなキスを。課長はもう一度私を抱いた。抱かれながら私はシュウにどんなふうに愛されていたのか、もう思い出せなくなっていた。

 課長は女性の扱いに、とても慣れているように感じられた。学生時代から彼の周りには、いつも素敵な女性が居たのだろう。

< 8 / 117 >

この作品をシェア

pagetop