さざなみの声
2
翌日会社でデスクに向かってデザインを考える。頭が働いていない。閃かない。そりゃそうだ。ほとんど眠ってない。考えても仕方ないと思いながらも眠れなかった。
明け方なんとか眠ろうと無理やり眠って変な夢を見た。
何処なのか分からない大きな通りで迷子になっている夢。周りに人はたくさん居るのだけれど……。私が何を言っても通じない。シュウは何処に居るんだろうと考えながら目が覚めた。怖かった。言葉が通じない怖さを現実よりもひと足先に夢で経験してしまった。
「寧々さん、副社長がお呼びよ」
デザイナー仲間に教えられた。
「はい。ありがとう」
会社では寧々さんと呼ばれている。たまたま経理部長が同じ石岡姓で、ややこしいのと副社長は寧々さんとずっと呼んでくれていたから。副社長室へ向かって、ドアをノックする。
「はい。どうぞ」
「失礼致します。お呼びでしょうか?」
「寧々さん。あなた今ブラックフォーマルの新作の仕事よね」
「はい。そうですけど」
「実はウェディングドレスの注文を受けてるの。私の姪っ子なんだけどね。何処にも無いドレスを着たいって言うのよ。オリジナルのウェディングドレスを寧々さんに、お願いしたいと思って」
「ウェディングドレスですか? 私に出来るでしょうか?」
「大丈夫よ。麗子さんの結婚式に着ていたドレス。あれを見て私は、あなたをスカウトしたのよ。ドレスの製作に向いているって思ったわ。次の土曜日にここに来て貰うから、本人の希望とか打ち合わせして貰えるかしら?」
「分かりました。全力で頑張らせていただきます。土曜日の何時のお約束ですか?」
「午後二時に来てもらう約束になっているから宜しくね。もちろん私も同席するから心配する事は何もないわよ」
「ありがとうございます」
「ここにウェディングドレスに関する本が何冊かあるから大体のイメージとか掴んでおいてもらえるかしら。ブラックフォーマルの方は他のデザイナー達で進めてもらうから。チーフにも了解してもらってるから安心して仕事に掛かって頂戴」
「分かりました。本をお借りします」
「期待してるわよ。今後、家の会社がウェディングドレスの仕事を進めて行くかどうかの判断材料にさせてもらうつもりでいるから。花嫁が自分でデザインした、お気に入りのドレスで結婚する。でも素人だから言われるままの注文を聞いてそのまま作ったら、とても素敵だとは思えない物が出来上がる可能性もあるでしょう? だから聞くところは聞いて上手くアレンジして花嫁に似合うプロの目から見ても素敵なドレスを作ってもらいたいの。どうかしら? 遣り甲斐はあると思うのだけれど」
「はい。副社長のお考えは良く分かりました。私が少しでもお役に立てるのなら、素晴らしい仕事にしたいと思います」
「寧々さん、あなたはあなたのイメージで何点かデザインしておいて。その方が花嫁さん本人もイメージを伝え易いと思うの。宜しくね」
「はい。では早速始めさせていただきます」
「あぁ何か分からない事や相談したい事があったら何時でも言って」
「分かりました。では失礼致します」
副社長室のドアを閉めた。