さざなみの声
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さぁ大変だ。ウェディングドレス。一生に一度の晴舞台に着るドレス。後悔するような事のない素晴らしいドレスを作るお手伝いをさせていただくのね。素敵な仕事にしたい。睡眠不足なのも、すっかり忘れていた。私にとってもデザイナーとしてステップアップするチャンスなんだ。デスクに戻って借りてきた本を広げる。チーフが私のところに来て
「寧々さん、頑張ってね。ブラックフォーマルの方は任せて。みんなで頑張るから。思う存分素敵なドレスを作ってね。期待しているわよ」
「チーフも作ってもらったらいかがですか?」
と何処からか……
「ドレスだけ作っても相手が居ないわよ」
とチーフは笑いながら「さぁ仕事仕事」とデスクに戻って行った。
このチーフを中心にデザイン室は纏まっている。デザイナー達は、みんな温かくて仕事がし易い。醜い苛め等は存在しない。聞けば副社長の御眼鏡に適ったデザイナーしか入れないという定説があるらしい。選ばれる要素が何なのか良く分からないのだけれど。私はデザイナーとして働ける場を与えられた事に心から感謝している。
憧れのウェディングドレス……。いつか自分のために作りたいと思っていた。まさかデザイナーとして作るなんて考えてもいなかった。
有名デザイナーのコレクションでもマリエはショーの最後を飾る華の存在。出演するモデルさんでさえマリエを着る事は憧れだと言うほどの。
副社長からお借りした資料に目を通し自分なりのイメージを掴む。愛する人の元へと嫁ぐ日に包まれたいと願う最高のドレス……。
最初にデザインじゃなくて気持ちから入ろうと思った。たとえば私がシュウの前に立って「綺麗だよ」と言ってもらえるドレス。やっぱり純白の眩いばかりの華やかさがあって、それでいて清楚で上品な。膨らんだイメージをそのまま描く。何点か大まかなシルエットは出来てきた。それをスケッチする。金曜の夜までにはデザイン画が七点出来上がっていた。
土曜日。本来はお休みだけれど、いつものように出社する。午後からの打ち合わせに備えてデザイン画も私の気持ちも。副社長もかなり早めに出て来られていた。
「おはよう。準備はどう?」
「おはようございます。何点か描いてみました。見ていただけますか?」
私は七点のデザイン画を副社長に見てもらった。
「いいんじゃない。どれもこのまま商品に出来そうなレベルよ。やっぱり寧々さんはドレス作りに向いているのね。私が思った通りよ」
「ありがとうございます。姪御さんが気に入ってくださると嬉しいのですが」
「彼女には彼女の好みや想い入れもあるでしょうし、そこは上手く取り入れて考えましょう」
副社長はデザイン画の中の一枚を持って
「ん~、でもこれなんかミカに似合いそうな気がするわね」
と花嫁の伯母の顔を見せて言った。