さざなみの声
2
車を走らせて着いた場所は冬の湖。すぐ近くに見える山々は雪を抱いて凛とした、たたずまい。一番寒い今頃の季節は、まるで水墨画のような景色。深深としみ込むように冷える空気……。
「この景色を見せたかったんだ」
「自然が作る水墨画ね。白が綺麗……輝いてる」
「さすがに少し冷えたな。温かい物でも飲みに行こう」
見付けた喫茶店は山小屋風の懐かしい雰囲気の店。二重になった扉を開けて入ると中はとても暖かくて冷えた体もホッとする。
「いらっしゃいませ」
渋い声優さんのような声が聞こえた。カウンターに立ってお皿を拭きながら笑顔で迎えてくれた温かそうなチェックのシャツを着たその人にカフェオレを二つ注文して窓際の席に座った。窓から見える景色それ自体が水墨画の世界……。シュウも私もただ見惚れているとカフェオレが運ばれて来てテーブルに置かれた。
立ち昇る湯気が舞う。カップを両手で抱えて温まりながらひと口飲んだ。
「美味しい」
やわらかい味がする。
「うん。良い香りだ」
ミルクがコーヒーの香りを損なっていない。
「幸せ……」
って言ったらシュウが笑った。
「寧々、そのウェディングドレスの仕事、いつ頃になれば落ち着くの?」
「十月に挙式だから、それまでは落ち着かないかもしれない」
「そうか。僕もこれから移動だから、来年の春? いや秋くらいかな」
「うん? 何が?」
「僕たちの結婚だよ。付いて来るんじゃなかったのか? それとも三度目のプロポーズしようか?」
「ううん。ちゃんと付いて行くから」
「来年の秋でいいかな? 寧々、二十八歳になってるよ」
「シュウだって……」
「男には適齢期なんてないの」
「そうよね。男に生まれたかったわよね」
と言ったら
「ダメだよ。寧々が男だったら結婚出来ない」
真面目な顔で言うシュウに私は思わず笑ってしまった。
薫り高いカフェオレで心まで温まって
「ごちそうさま」
「ありがとうございました。お気を付けて」
バリトンボイスに送られて店を出た。