さざなみの声
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それから間もなくシュウは海外事業部への辞令を受けた。総務に居た頃とは比べられないくらい毎日が忙しく土曜日曜も出勤する事も多く残業は当たり前のように続いた。
二人で会う時間も、なかなか取れない日々が続いていた。夜遅くなって携帯で話したりメールだけの日もある。
私もウェディングドレスの仕事に忙しい日々を過ごしていた。会えなくてもシュウへの気持ちは変わらなかったしシュウも同じ気持ちで居てくれているという自信があった。
「寧々、じゃあ、おやすみ」
「うん。シュウ体に気を付けてね」
「あぁ、大丈夫だよ。昔から健康だけが取り得だから」
「お休みが取れたら美味しい物を作ってあげるからね」
「料理は僕の方が上手いかもしれないよ」
ってシュウは笑っていた。
「そんなことないわよ。家庭の味は私の方が得意だからね」
「そうだな。寧々の作るひじきの煮物とか煎り豆腐とか食べたくなってきたよ。早く休みが取れないかな」
月に二回ほど取れる日曜休みには、どちらかの部屋で料理を作るのが休日の過ごし方になってきていた。
それでも二人で過ごせる貴重な時間だった。仕事で疲れているシュウに、ゆったりした時間を過ごさせたかった。
「本当に体、大丈夫なの?」
心配になって、つい聞いてしまう。
「寧々は心配性なんだよ。元気だろう?」
そして春が過ぎ夏も去り秋を迎えた。
ミカさんの結婚式。寧々の作ったウェディングドレスは可愛い花嫁を美しく華やかに、それでいて清楚な上品さで優しく包んでいた。
初めて作ったウェディングドレスが気がかりで式当日はスタッフの一人として会場に居た。お式に参列した招待客からも好評で、寧々はほっと胸を撫で下ろした。
副社長からは
「お疲れさま、本当にありがとう。ミカの伯母としても感謝してるわ」
と言われ心の底から安心した。
そして秋も終わりを告げ、また冬がやって来た。年末年始もシュウは相変わらず仕事が忙しく、休めたのは大晦日と元旦、二日の三日間だけだった。その三日間もどこにも出かけずに、のんびり過ごした。
「ごめんな。クリスマスも何もしてやれなかったのに」
「ううん。そんなこと気にしないで。シュウが元気なら私はそれで充分だから」
「寧々、もう少し暖かくなったら一緒に式場を見に行こうな。そうだ。名古屋のご両親にも挨拶に伺わないといけないな」
「シュウ、忙しいのに、ありがとう」
「仕事さえ忙しくなければ、もっと早くご挨拶に行けたのにな」
その気持ちだけで充分過ぎるくらい幸せだった。
寧々は二十八歳になった。結婚は秋の予定でいたから、まだまだ時間はあると思っていた。
仕事も続けるつもりだったし、ただ一緒に暮らすだけのこと。二人の生活に、それほどの変化があるとは思わなかった。
シュウから思ってもいなかった現実を知らされるまでは……。