さざなみの声

2


 昼間から母の手料理でシュウと父は初めてお酒を酌み交わした。
 私は母の作る料理も、しばらく食べられないんだと改めて思っていた。

 シュウも父も、それ程お酒が強い訳ではないのに、何だか二人とも嬉しいお酒だからなのか、どんどん進んでいた。

 そういえば私がまだ小さな頃に、いつか寧々のお婿さんになる人と男同士で酒でも飲みたいもんだなと言っていたことがあった。子供は私一人だけで娘しか授からなかった父にとって、将来のお婿さんに、欲しいと思っていた息子の役目をして貰いたかったのだろう。その夢を叶えてあげられたのかなとちょっぴり親孝行をした気分だった。

 父は私の子供の頃の話をシュウに聞かせて上機嫌だった。シュウも聴き上手だったから時々父の喜ぶような相鎚を打ち、話も弾んで笑い声も時折混じりながら父と娘婿の酒宴は楽しそうだった。

 良かった。私は心から両親に感謝していた。一人娘なのに東京の大学に出してもらって、なかなか帰る事も出来ずに、いつの間にか十年の月日が過ぎようとしていた。

 その間に、おじいちゃん、おばあちゃんが亡くなって、今は両親が二人だけで、この広い家に住み寂しい想いもさせていたんだと今更ながら気が付いた。父も母も、それぞれ趣味を持ち仲も良かったから安心していた。私が居なくても、あの二人は元気で居てくれる。

 それが今度は結婚してシンガポールに行くと言う娘に、嫌な顔一つせず反対される訳でもなく気持ち良く送り出してくれる。

 まだまだ若いと思って安心していた両親も気付けば髪に白いものが目立つようになっていた。

 家に帰って来てからホームシックにかかってるなんて、とんでもない親不孝な娘なんだと気付かされた。シュウと結婚することが、たった一つの親孝行なのかもしれない。二十歳の時、地元の成人式に帰って来た時に父が言っていた。寧々が幸せで居てくれる事が何よりの親孝行なんだよと。

 シンガポールから帰ったら……。それが何年先になるのかも今は分からないけれど、なるべく顔を見せに来ようと思っていた。本当にごめんね。いつもいつも親不孝な娘で。私がそんな事を考えてる間に

「まあまあ、二人とも眠っちゃってるわよ」
 母が二人分の毛布を出して来て父に掛けていた。毛布を受け取って私もシュウに掛けてあげた。

「お疲れさま。一人で料理大変だったでしょう?」

「そんなことないわよ。いつもの事だから。寧々、少し飲む? たまには母さんと」

「うん」

「良い人で良かった。安心したわ。お父さんもきっとそう思ってる」

「うん。優しいし結構逞しいのよ」

「幸せそうな二人を見てれば分かるわよ。親の目は節穴じゃないんですからね」

「それは失礼しました」

 久しぶりに母と笑ったような気がしていた。

「電話で大体のことは分かったけど、出発まで一ヵ月半ないわね。忙しいわよ。アパートも片付けないといけないし、手伝いに行こうか。仕事もあるんでしょう。ぎりぎりまで」

「うん。荷物なんだけど宅配便でここに送っていい? とりあえず使っていない物から」

「そうね。寧々の部屋に入れて置くからシンガポールから帰って使う物だけね。後は結局使わなかったりするから処分しなさいね。思い切って」

「うん。そうする。向こうは冬物は要らないんだけど今必要だしね」

「手伝いが必要なら何時でも電話しなさい。寧々が出発するまで予定は入れないようにしておくから」

「うん。ありがとう」
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