さざなみの声
3
「私ね、寧々に姉妹を作ってあげられなかったことが、ただ一つの心残りなの」
「なに? 今頃そんなこと言って」
「寧々は覚えていないでしょうけど、あなたが三歳の頃に母さん入院してたのよ。婦人科の病気でね。手術は成功したんだけど妹も弟も出来なかったのよ」
「そうだったの。知らなかった」
「お父さんと病院に、お見舞いに来てくれてバイバイって小さな手を振って帰って行くのを今でも覚えてるわ。おばあちゃんが寧々の面倒を見てくれたから安心して入院していられたけどね。三ヶ月くらい入院したのよ」
「その病気は大丈夫なの? もう心配はないの?」
「大丈夫よ。八年間検査に通ったけどね。特殊な病気だったらしくて、ある大学病院に、その病気の患者を追跡調査している研究室があってね。毎年アンケートが来るの。体調は悪くないか、検査に通っているか、妊娠、出産はしたか、再発してはいないか、生存してるかどうかってね」
「そんな……」
「ちゃんと生きてますって必ず送り返したわよ。寧々を残して死ねないもの」
「お母さん……」
「最近は初産の年齢が高齢化してるみたいだけど出来たら寧々にも早く可愛い赤ちゃんが授かるようにって思ってるのよ。私の病気は遺伝するようなものじゃないけど、もしもって事もあるからね」
「うん。赤ちゃんは欲しいと思ってる。今から産んでも充分遅い方だしね」
「自覚してるのなら安心だけど」
「いつの間にか二十八歳になっちゃったのよね。あっと言う間だった」
「でしょう。人生なんてあっと言う間よ。まぁ取り敢えず結婚は出来そうね」
「うん。私ね、もしかしたら結婚は出来ないかもしれないって思ってた」
「そうじゃないかと思った。一つの事に集中すると周りが見えなくなる。小さい頃から、そうだったからね。本当、分かり易い性格なんだから」
「誰に似たんだろう」
「きっと私ね。でも二十三歳の時には、もうお母さんしてたわよ、私は」
「二十三歳か。無理だわ。私にはとても。大人に成り切れてなかった。今だからそう思えるんだけどね。充分大人のつもりだったもの、あの頃は」