雨宿り〜大きな傘を君に〜
「ハナちゃん、ごめんね。少し出掛けてくるね」
いつもと変わらない優しい声色。
クリスマスイブに私に貸してくれた胸で、今度は有明沙莉さんを抱き締めるのかな。
「いってらっしゃい」
笑う。
先生を安心させられるように、笑顔を作る。
大丈夫。私はそう簡単に泣かない。
弱音も吐かない。
「寒いから気を付けてくださいね」
申し訳なさそうな先生ときちんと顔を見合わせて、すれ違う。
平気なフリをして見送ること。
今私が唯一できることだから。
「ハナちゃん、」
それなのに、何故、
今度はあなたから私の腕を掴むのだろう。
「……」
「帰ったら話があるんだ」
話?きっと悪い話なのでしょうね。
聞きたくないよ。
出来る限り、自然に、菱川先生の腕を振り払う。
「今日はもう寝ようと思って。だから、おやすみなさい」
「ハナちゃ…『托人、出掛けるのか』」
菱川先生が私を呼び止める声は、緒方さんの声に掻き消された。
「あ、はい…行ってきます」
私は振り返らず、自室の扉を開けた。
菱川先生に好意を寄せている女の子の元へ駆け付ける彼の背中を、見たくはなかった。