雨宿り〜大きな傘を君に〜

菱川先生は何か言いたそうではあったけれど、すぐに講義を再開した。

帰ったらお説教かな…。それまでに上手い言い訳が思いつくといいな。

数学も例外でなく、今日の講義はほとんど集中できなかった。

有明さんが最近の菱川先生はよく笑うようになったと言っていたけれど、相変わらず塾ではニコリともしない。生徒に好意を寄せられないよう、淡白で近寄り難い講師を演じているように受ける。


先生の夢に抱いた教師像とはどのようなものであったのだろう。生徒の人生に踏み込み、寄り添うような熱い教師を目指していたのであれば、今の先生は真逆だ。



ぼんやりと綺麗な文字を目で追う。


私には夢も希望もないと話をしたけれど、夢を諦めざるを得なかった先生からしたら贅沢な叫びに聞こえただろう。

崎島のこともそうだ。
相手の事情を考えもせず、知ろうともしなかった。

結局私は自分が1番可愛くて、悲劇のヒロインになりたかっただけなのかもしれない。

確かに辛いこともあったけれど、決して不幸なわけではなかった。母が居なくても生活するお金は残してもらったし、私のことを気に掛けてくれた親戚も、緒方さんも、近くにいた。アパートの家賃だって、叔父さんが支払ってくれていた。


家族は失ったけれど、それでも恵まれていたのだと今なら分かる。


哀しい顔をして悲観的であった日々とはもうお別れしよう。私が変わらなければ、現実は変わらない。

有明さんの拳に想いが詰まっているのなら、頰の痛みさえもポジティブに受け止めて、菱川先生に愛される自分になれるよう精一杯の努力をしたい。


私は、変わりたいーー。


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