雨宿り〜大きな傘を君に〜
まだ見慣れない駅で降りる。
不思議な気分だ。
駅近くのスーパーに立ち寄り、夕食を調達することになった。
「先生と生徒がお買い物ってまずくないですか?」
「どこかからクレームが入る可能性もあるね」
出来合いのお惣菜を買うのかと思いきや、先生は野菜やこれから調理する必要のある牛肉をカゴに入れていく。もう献立は決まっているようだ。
「やっぱり見られたら大変ですよね」
「まぁ可能性はあるけど、今は考えなくていいんじゃない?ところで嫌いなものある?」
そう笑って一蹴してくれたけど、本当に大丈夫なのかな。
少し前までの取っつきにくい先生と、買い物カゴを持つ菱川托人が同一人物だなんて、未だに受け入れ難い。
それに。
塾では一切笑わない先生が塾を一歩出れば、よく笑う。
声を出して笑うところはまだ見たことないけど、優しい顔で微笑んでくれる。私を受け入れるようなその笑みに、ーー救われている。
「どうした?」
先生と目が合い、慌てて首を振る。
「あ、えっと。嫌いなものですよね。特にないので、何でも食べます」
「…ひとりで背負い込みすぎないように」
そう言って私の肩を叩いてくれたあなたは、優しく微笑んでくれて。
「好き嫌いなく育ったのは、偉いね。母親のしつけが良いんだな」
母をを褒めてくれた。
先生は知らないことだけど。
一生懸命に私を育ててくれた母に恥じない自分でいることが目標であるから、その言葉はとても嬉しかったんだ。