雨宿り〜大きな傘を君に〜
聖なる夜に君と
クリスマス仕様になった街で聞き慣れた名曲をバッグにゆっくりと歩く。
緒方さんは海外研修でしばらく家を空けることになった。研究者は色々と忙しいようだ。
昨夜、崎島からの誘いがなかったことを伝えてから、なんとなくクリスマスの話になった。
今年はイブが休日で、「ハナちゃんは友達と過ごすよね」と言われて、慌てて首を振った。
そして午後から先生とお出掛けが決まったのだ。
「そろそろ無くて不便なものとか出てきたでしょ。なにせ男所帯だからね。遠慮なく好きなお店、入ってね」
暖かそうなコートと黒いマフラーに身を包んだ先生は、ブーツを履いて足元までおしゃれだ。
高校にも持って行っているリュックを背負い、地味なスニーカーの私は少しだけ戸惑い、母の手編みのマフラーをギュッと握った。
可愛い洋服を買いなさいと母が渡してくれたお金は毎回貯金に回してきたけど、私もそろそろおしゃれをした方がいい年頃なのかも。
先生の隣りを歩くのであれば、なおさら。
「今日はいつにも増して無口だね」
足を止めた菱川先生は笑ってくれた。
「どうしたの」
「あ、特に…」
「街はクリスマスで浮かれモードだけど、君はサンタから何が欲しいの?」
「私ですか?」
もうサンタさんを信じる年齢ではないけれど、欲しい物も浮かばなかった。
「1番欲しいものはなに?」
「……欲しいものはないです。今持っているもので事足りますし」
そういえば昔は母に色々とねだって、困らせてたっけ。お店を通る度に欲しがって、わめいて…懐かしいな。