雨宿り〜大きな傘を君に〜

駅に着く頃には前を歩いていたはずの菱川先生の姿は完全に見えなくなっていた。


疲れ切ったサラリーマンと電車に乗り込む。


春から進学塾に通い始めたが、とにかく崎島がしつこくて困っている。特級コースはただでさえ授業のスピードが早くついていくことが大変なのに、彼は遊び気力まであって、天性の天才なのだと思う。

羨ましい。


重い足をなんとか動かして3駅先で降りた。

10分歩いたところに私の住むアパートがある。明かりは点っておらず、窓から見える室内は真っ暗だ。


鍵を開けて中に入っても、誰もいない。


「ただいま……」


1ヶ月前、長い闘病の末に母が亡くなった。


幼い頃から父がいないため、ずっと母と2人で暮らしてきた。母親が病気だから可哀想と思われたくなくて、周囲に文句を言われない名門高校に進学して、奨学金も貰った。

母が亡き今も、生活リズムを崩さず、塾にも通い、どこから見ても普通の女子高生であり続けるよう、努力している。
母に心配をかけないために。

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