雨宿り〜大きな傘を君に〜
しがみつくように抱きついた私を引き離そうとはせず、菱川先生は動かなかった。
先生の背中に手を回すと、その温もりにひどく安心した。お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかな。
「……」
顔を上げると、黒よりは茶色に近い綺麗な瞳と目が合う。
その瞬間、どうしようもなく恥ずかしくなった。
なにやってるんだろう。
早く離れなくちゃ、頭ではそう思うのに。
身体は言うことを利かなかった。
「菱川先生…」
「俺の胸なら何時間でも貸すよ」
「…拒絶しないのですか」
私を甘やかす先生に問う。
あなたは困っている者を放っておけない優しすぎる人なんだ。
「ハナちゃんを拒絶する理由がないよ」
「でも…」
塾講師と生徒の関係で、親密になってはいけないと思う。私はただの居候だし。
それに先生には恋人はいないのだろうか。
恋人ーーその2文字に頭が一気に冷えた。
だから、離れようとしたのに。
もしかしたら菱川先生には想い人がいるかもって、思ったから…離れなくちゃって。
それなのに、あなたはまた私を甘やかす。
「世界中で、君だけを俺は受け入れるから。ハナちゃんだけ、だよ」
その言葉は、菱川托人に溺れるには十分すぎるものだった。
ねぇ、先生。
あなたの気持ちも分からないけれど。
今はもう私自身の気持ちもよく分からない。
私たちはーー友達?家族?恋人?
あなたにどの役になって欲しいか、答えが出せないでいます。