雨宿り〜大きな傘を君に〜
その日、菱川先生は残業だと言っていたので、一足先に家に帰ると、珍しく緒方さんがいた。
ソファーで長い足を組み、読書をしていた。
「おかえり」
「ただいま。菱川先生は少し遅くなるようです」
「聞いた。寿司の出前を頼んでおいた」
「お寿司ですか?」
「嫌いか?」
「いいえ、大好きです」
久しぶりに食べる。
でも菱川先生が遅くなる日は冷やご飯を温めて、私が軽くおかずを作って済ませていたけど。
今日は何故お寿司なのだろう。
緒方さんの気分かな。
緒方さんは再び本に視線を戻していた。
お味噌汁でも作ろうかな。
先生が寒い外から帰って来た時に、温まるものがあった方がいいもんね。
冷蔵庫を開けてお豆腐を取り出す。
「勉強は順調か?」
キッチンのカウンター席に本を持って移動した緒方に尋ねられ、振り向いて頷く。
「はい。今のところは」
お鍋を用意してお豆腐を切る。
緒方さんとの2人きりにはまだ慣れず、落ち着かない。
「まぁ励めよ」
「はい」
それ以上は聞いてこなかった。
緒方さんになら有明沙莉さんのことを報告してもいいかもしれない。もしかしたら先生との関係を教えてくれるかもしれない。
もやもやした気持ちを払拭できるような答えが欲しい。
「あの、緒方さん…」
ピンポーン、ピンポーン。
私の言葉に重なるようにしてインターフォンが鳴り響いた。
「寿司だ」
財布を掴んだ緒方さんは玄関へ行ってしまった。
タイミングが悪かったな。