心の中に奏でる、永遠の向日葵
一瞬驚いてしまった。向日葵が『頑張らなきゃ』と言ったからだ。
俺はてっきり、『無理かな』と言うのかと思っていた。こういう何気ない会話からも、向日葵の人間性が見えてくる。
俺は、すぐに向日葵らしいと微笑んだ。ピアノに指を置き、向日葵が間違えた和音を出した。
「ここは、ラとミとファとラを押すんだよ。ラとミはフラットだから気をつけろよ」
「いやいや、それは分かってるんだって。ただ、なぜか指がそこを押さなくて」
「それを世間の人は、分かってないって言うんだよ」
向日葵が「そういうことじゃないんだよー」と言いながら、あの清らかな笑顔を浮かべて笑う。
俺も自然と、楽しい、と感じた。
「アハハ、よかった。日向君、今日エスケープしてきた甲斐あったね」
向日葵の言葉に、俺はピアノから指を離した。
はっとして、分かりやすいくらいに笑顔が消える。
そうだ。いい気分になってすっかり忘れていたけど、俺エスケープしてきたんだ。
この俺の気持ちが変わったことと、このまま家に帰って起こることになる事態には、何の関連性もない。
つまり、俺の悩みはまだ、完全に解決されているわけではないのだ。
「どうしたの?日向君」
目が見えなくても、突然黙りこくった俺の異変に、向日葵も気付いたのだろう。
俺は、「いや…」と小さな声で言って、近くのソファに腰を下ろす。