これでおしまい
「どうしてまだ見つからない!!」
鍾馗の、珍しく荒げた声が響き渡った。
奥田、真鶸、雲雀と倫子の初めての子供であるヒカリもいる部屋で、苛立たし気に机に拳を落とす。
アミは、身重の身だ。体に障るからと部屋で休ませているが、アミも嫌な予感はするのだろう。
落ち着けずに、部屋中を歩き回ってアナセスに宥められている様子が奥田には手に取るようにわかる。
「探してはいる。君が来てから、ずっと探索してるんだ」
奥田は憔悴しきった顔で、鍾馗に答えた。
奥田のサイコキネシスの探索は、この国の誰もが敵わない。
けれど、その探索に、倫子の髪の毛一つ、引っかからないということは――。
「雲雀君がうまく隠しているんだよねえ、きっと。またさあ、思い立ったが吉日とか言って、二人でふらりと旅に出ちゃったんじゃない?前もあったんじゃなかったっけ?ねえ、真鶸くん、ヒカリくーん」
奥田はいつもの口調で、鍾馗の背後で立ち尽くしているヒカリを見た。
倫子と雲雀が彼を連れてきてからもう何年経っただろうか。今やもう立派な青年となって、精力的に地球緑化活動に貢献している。
しかし、いつも溌溂としているヒカリの顔から、一切の血の気が引いていた。
奥田に言葉を投げかけられても、反応もできないほど思いつめた様子で、ただ立ち尽くしている。
それに焦ったのは、奥田だった。
胸の内にとぐろを巻く恐ろしい予想を、裏付けたくなかった。
「確かに、兄様も倫子さんも、突発的な行動が多かったですが……」
真鶸は青白い顔をしながらも、そう援護射撃してくれた。
「でしょ?ほら、鍾馗くん苛々しすぎ」
鍾馗の眼力をへらへらとかわしてみるが、うまく笑えない。
(また倫子に、出来損ないの笑顔って言われるなあ)
「……、何故、橘の気配がしない」
鍾馗が、まるで血反吐でも吐くような声で言った。
彼も、きっと彼なりに探している――。
「だから言ってるでしょ。雲雀君が巧妙に隠してるんだって――」
或いは――。
(倫子がもう、この世のどこにもいないか……)
恐ろしい結論に、奥田の全身から血の気が引いた。
考えないようにしていた考えが唐突に目の前に突きつけられて、何をいまさら、と嗤われてもいい。
ここずっと、随分と長い間、倫子は穏やかだった。
体調も安定していると言い、雲雀もそれを当然というように見守っていた。
だから、まだ。
(まだ、時間はあると――)
考えて、その己の考えを殴られた。
鍾馗の拳で、物理的に頬を殴られたのである。
真鶸が慌てて止めに入ろうとしてくれたようだが、間に合わなかったらしい。
「諦めるな。探せ」
言われなくても、と答えるつもりだった。
言われなくても、この国中を、この世界中を隈なく探して、今すぐ見つけ出し、心配させんなと、あの丸い額をこずいてやって――。
(――見つけたくない)
ほぼ直感的に、奥田はそう感じた。
(見つけたのに、見つけられる気がしない。見つけたいのに、見つけたくない。見つければ――)
「探せ!!」
ぼんやりとしている奥田に苛立って、鍾馗が怒鳴り声を上げる。
「鍾馗さん!」
真鶸が慌てて鍾馗の怒気を抑えようとするが、青白い顔の彼も、きっと気付いている。
恐らく、倫子と雲雀に関係する人間は、アダムはすべて――。
「もういい……」
ピリピリとした空気を、更にどろりと重くしたのは、ヒカリだった。
倫子と雲雀の子が、何故一番に諦める――。
そう言ってやりたいとでも言うように、鍾馗が口を開けたが。
「もういい。探さないでやってくれ」
ヒカリの、泣きだす一歩手前のその表情が、その一言が。
全てを、物語っていた――。
「もういい。もう、いいんだ。どうか」
倫子、雲雀――奥田の脳髄の奥で、二人の笑顔がパッと弾けて。
「どうかもう、ふたりだけに、してやってくれ……」
消えた。