君の笑顔に涙する
翌日の朝十時、僕は駅へは行かなかった。
行っても、いくら待っても、凛は来ないのはわかっていたからだ。
そのかわり、僕は病院へと行った。入り口を通り、すぐ右手にある窓口に顔を出し、受付の女性に「浅野凛さんと同じ学校の者です」と言った。
きっと、これを凛が聞いたなら「彼氏です、って言えばいいのに」と、悪戯っぽく笑うのだろう。
「はい、右に曲がって真っすぐ行ってください。手術室の前の部屋にお願いします」
「わかりました、ありがとうございます」
僕は軽く頭を下げ、早歩きで言われた通りの道を進む。手術室の前の部屋のドアを二回叩くと、「どうぞ」と男性の声がきこえ、僕は「失礼します」と言ってドアを開けた。中には、白衣を着ている男性医と、黒髪を一つ結びにしている女性が座っていた。
「あなたが、有君?」
女性にそう聞かれ、僕は「えと、はい。結城有です」と答えた。女性は「凛の母親の、美佐子です」とお辞儀をした。
凛のお母さん……!
僕は慌てて頭を下げる。
「初めまして、凛さんとお付き合いさせていただいてます。このたびは」
「いいのよ、あなたの所為じゃないってわかってるから」
チラリと、美佐子さんの顔を見ると、優しく笑っていて。
その笑顔が凛にそっくりで、僕はやっぱりこの人は凛のお母さんだ、なんて思った。
「凛さんのことで、お二人にお話があります」
男性医がそう言い、僕は空いている椅子に腰を下ろした。
「凛さんに命に別状はありません」
その言葉を聞いて、僕は安堵のため息を漏らした。しかし、男性医の「ですが」という言葉に、引き戻らされる。
「頭に強い衝撃を打ったからか、少しだけ記憶をなくしているようです」
「記憶喪失、ですか……?」
美佐子さんがそうきくと、男性医は「はい」と頷く。
「記憶が戻る見当は、残念ですがお答えできません。翌日に戻っているかもしれませんし、一年以上かかる場合もあります。左肘に罅が入っているので、この治療も含めてとりあえず、一ヶ月入院という形で。そして、なるべく多くの人に来てもらって、接することが記憶を戻すことの近道だと思います」
「わかりました」
男性医の説明に、美佐子さんは頷く。
僕は、「あの」と小さな声を出す。
「凛は……何を、忘れたんですか……?」
僕は、男性医の目を見て、言葉を続ける。
「記憶喪失にも、いろいろあると聞いた事があります。日常的なことは覚えていても、ある期間のことだけ忘れてしまっていたり」
こんな例がでた理由は、僕はわかっていた。
僕と過ごした時間を忘れてしまったのではないか、と不安だったのだ。
「……正直に言いますと、わかりません。ただ、普通に食べたり話したりはできてます。しかし、今日の朝食ではイチゴを見て、「これなに?」と看護師に聞いたそうです。とりあえず一度会って、話してみてください。そしてもし、忘れたことに何か一貫性を見つけたら、私に教えてください」
「わかりました」
「では、凛さんの病室に案内しますね」
部屋をでて、僕と美佐子さんは男性医について行く。