君の笑顔に涙する
「ここです」
案内された部屋は二階で、階段のすぐ横の部屋だった。ドアをあけると、ベッドが4つあり、左側の一番奥と手前は使用されている形跡はあるが、誰もいなかった。そして、右側の一番奥、そこに凛がベッドに座っていた。
「凛ちゃん、具合はどうだい?」
「大丈夫です。あれ……? 有! 有だ!」
凛は、僕を見るなり、満面の笑顔を向けた。その笑顔に、僕は涙が零れそうになる。
「凛、良かった……。元気そうで、本当に良かった。一ヶ月入院になるけど、来れる日は来るようにするから」
美佐子さんが、凛の手を握り、優しい声で話す。
しかし、そんな美佐子さんに、凛は僕に見せた笑顔を向けない。
そんな凛を不思議に思ったのか、美佐子さんは「凛……?」と少し、不安そうな声で、凛の名前を呼んだ。
すると、凛は少し困ったように笑って。
「えと……ごめんなさい、どちら様ですか……?」
凛の言葉に、僕も男性医も、そして誰より美佐子さんが目をまん丸にした。そして、美佐子さんが震えた声で答える。
「な、に……言って、るの……凛、私よ。美佐子よ、あなたの母よ……?」
「私の、お母さん……」
凛は、顔をしかめながら首を傾げる。
「えと、ごめんなさいっ」
そう、凛は苦笑いをこぼすと、美佐子さんの瞳から大粒の涙が溢れ出した。そんな美佐子さんの肩を、男性医は優しく叩き、凛は困ったような顔を見せる。
「有、えとこれは、どういうこと、なのかな……?」
そう尋ねる凛に、僕は何と答えたらいいかわからず、固まってしまった。そんな僕の肩を、男性医はたたき、耳元で「お母様は廊下にでてもらうから、凛さんに記憶喪失の説明をしてあげて」と、小声で言う。僕は小さく頷き、美佐子さんが病室を出たのを確認して、ベッドの近くにあった椅子に腰を下ろした。
「有……?」
そう不安そうに首を傾げる凛。そんな凛の目を、じっと見つめる。
「凛、これから僕が言う事を良く聞いて」
「……はい」
静かに、そう返事する凛を見て、僕はグッと口を紡ぐ。
……凛は、僕に対して「はい」なんて返事をしない。
そんなことをふと思いながら、僕は言葉を続けた。
「率直に言って……凛は、記憶喪失になったんだよ」
「え……?」
「事故に遭って、頭を強く打った影響で、記憶をなくしてしまったんだ。だから、さっきの女性は、君の本当のお母さんなんだよ。凛が忘れてしまっただけなんだ」
こんな風に言ったら、凛を責めているようにきこえてしまっただろうか。
僕は、言ったあとに後悔した。
「……そっか、あの人には、悪い事……しちゃったかな」
凛は、少し辛そうに笑みをこぼした。
そんな凛を見るのが辛くて、僕は視線を逸らしながら「大丈夫だよ、美佐子さんはわかってるから」と言う。