君の笑顔に涙する
「ねえ、有。私は……その、何を、忘れたのかな? 家族、だけ?」
「……わかんないんだ。まだ一貫性が見つかってない」
「……そっか。でも、不思議」
「え?」
「だって、自分のお母さんを忘れてるのに、有を覚えてるなんて。なんでだろうねっ」
そう笑う凛に、僕は「ほんとに。不思議だ」と返す。
美佐子さんには失礼だけど、僕は嬉しくてたまらなかった。
母親を忘れてるのに、僕を覚えてくれていた。
こんな不思議なことが、僕には涙がでそうになるほど嬉しかったんだ。
翌日、僕はお昼過ぎに聡と凛の病室へと向かった。昨晩、聡に凛の事故と、記憶喪失の事を話したら、明日一緒に行くと言った。医者は、いろんな人と接するのが大事だと言っていたこともあり、聡の明るさに何かを思い出してくれたらと期待していた。
だけど、もう一つ……凛が聡の事を忘れていたら、そんなことも、僕は期待していたのだ。
僕だけを覚えてくれている。
そんな特別感に、浸りたい気持ちがあったのだ。
病室に入ると、凛はベッドに座り、窓の方を見つめていた
「凛」
そう僕が声をかけると、「有!」と嬉しそうに笑う。そして、僕の隣に立っている聡に視線を向けると、少し困った表情を見せる。
「えと……有の、お友達?」
そんな凛の言葉で、聡の事を忘れてしまったんだと、僕も聡も悟った。
「ああ、俺は本場聡。サッカー部のエースで、有の親友だ!」
「私とは、その、交流あったの、かな……?」
「まあ、ちょっとだけな。昼飯を時々一緒に食べるくらい」
「そっ、か。その、ごめんなさい、忘れちゃって」
「いやいや! 浅野ちゃんが謝ることじゃないっしょ!」
聡がそう言うと、凛は嬉しそうに笑って。「気軽に、凛って呼んでよ」と言う。その言葉に、聡はすぐに返さなかった。
「聡?」
そう僕が聡に声をかけると、聡はニッと笑う。
「んじゃ、彼氏様には悪いけど、呼ばせてもらおうかな。凛ちゃん」
「よろしくね! えと、聡くん……って、呼んでも、いいかな?」
「おうよ!」
聡が笑顔でそう答えると、凛は嬉しそうに笑う。
聡を連れてきてよかった。僕は素直にそう思った。
凛の嬉しそうな笑顔に、僕は安心して椅子に座る。