君の笑顔に涙する
時間はあっという間に過ぎ、十六時過ぎに、僕と有は病室を出て、ゆっくりと歩きながら話す。
「なあ有、浅野ちゃんは何を忘れたか、まだわかってないんだよな?」
『凛ちゃん』から、『浅野ちゃん』へ呼び方が戻っている事に、僕は少し違和感を覚える。
「ああ、一貫性はわからないって。僕が知る限り、忘れたのは……『母親』と『イチゴ』。さっきの『空』と『太陽』の四つ、かな」
「ふーん。逆に忘れてないことはわかるのか?」
聡の問いに、僕は少し考える。
そういえば……忘れたことばかり気にしてたな。
「有、お前は忘れられてなかったのか?」
「ああ、まあ」
僕は、照れくさくて、少しそっぽを向いて答えた。聡は「ふーん」と意味深な笑みを見せる。
「嬉しいんだろ、忘れられてなくて」
「……うるさい」
「ははっ」
病院の外へと出て、バス停前に経ち、バスを待つ。五分くらいでバスは来て、僕と聡はバスへと乗り、一番後ろの席に座った。バスは前の方に老人が二人座っているだけで、とても静かだった。そんな中、僕は窓からずっと外を眺める。
僕の頭から、凛が窓を見つめている姿が離れない。
凛は……何を忘れて、何を覚えているのだろう。
そんな事を考えながら、僕は凛が忘れたものをもう一度思い出す。
『イチゴ』
『母親』
『空』
『太陽』
……あれ。
ふと、僕は記憶を巡らした。この単語が、どこかで見た事がある気がした。
どこで見たのか、僕は必死に思考を巡らせる。
──そうだ。
思いついた瞬間、バスが駅前に止まる。
聡が「有、着いたぞ」と言う。そんな聡に「わりっ、先行く」と言って、僕は急いでバスから降りた。
後ろから聡の呼び止める声がきこえた気がしたが、僕は無我夢中に自宅まで走った。
学校でも、こんなに必死に走ったことがないくらい、僕はとにかく必死に走った。
家に着けば、勢い良く玄関を開け、乱暴に靴を脱ぎ、そのまま階段を上って自分の部屋に入る。下から母の怒る声がきこえたが、僕はスクール鞄からクリアファイルを取り出す。プリントを一枚一枚確認するのがもどかしく、僕はクリアファイルの中に入っていた紙を全て床へと出した。
無作為に探し、やっと、探していた一枚の紙を見つける。
そこに書かれていることが、僕の予想通りで。
そして、嫌な予想が、僕の頭をいっぱいにした。