君の笑顔に涙する

 家に着くと、会話をする声が聞こえた。
 宅配便でも来てるのか……?なんて思いながら近づくと、玄関の前に立っていたのは、宅配便の人ではなくて。

 「あ、有。お客さんよ」
 「……お久しぶり、有くん」
 「……お久しぶりです、凛のお母さん」

 僕は、目を合わせられず、ずっと下を向いていた。

 僕の母親が、凛のお母さんを家のリビングへと案内をした。僕は気が向かなかったが、ここで帰って欲しいなんて言える勇気は、僕は持ち合わせなかった。リビングのソファに座る凛のお母さん。僕は母親からアイスコーヒーの入ったマグカプを受け取り、ソファの前にあるテーブルに置いた。

 凛のお母さんの目の前に座るが、僕は目線を上には上げられない。

 「覚えてる……かしら、私、凛の母の美佐子よ」
 「……ええ、覚えてます」
 「美佐子って呼んでちょうだい、有くん」
 「……はい」

 美佐子さんは、アイスコーヒーを口へと運ぶ。
 僕は手に汗をかきながら、下を向くことしかできない。

 「……有くん、なんで最近……凛と会ってないの?」

 わかっていた。これをきくために、美佐子さんが今日僕に会いにきた事。
 本当の事を言っていいのか、僕は必死に頭を働かせる。

 「有くん、本当の事を言って頂戴」

 そう目を細めて優しく笑う美佐子さんの笑顔は、少しだけ凛に似ていて。
 僕は胸がぎゅっとなるのを感じた。

 「答えたくないです」──そう言えたら、どんなに楽だったか。

 でも、自分は言えないし、言っても楽になっていたとは限らない。

 僕は、覚悟を決めて、少しだけ震えた声で、ゆっくりと話し始める。

 「凛の……忘れたことの、一貫性に……気づいた、んです」
 「え……?」

 チラリと、美佐子さんの顔を見ると、少しだけ表情が柔らかくなった気がした。
 嬉しそうに、見えたのだ。
 
 その表情を、僕は直視できなくてすぐに逸らす。

 ……美佐子さんには嬉しいことでも、僕にとっては……。

 「有くん、それは、お医者さんには……?」
 「……言ってないです」

 言えなかった。……言いたく、なかった。

 「凛の忘れたもの……教えてくれる?」

 期待に満ちた美佐子さんの声に、僕はぎゅっと唇を紡ぐ。
 正直……嘘を言いたい気持ちでいっぱいだ。

 『凛は嫌いなものを忘れたんです』と。

 でも、それを言ったら、美佐子さんは必ず泣くだろう。それに、きっと嘘をついた罪悪感に僕はきっと耐えられない。

 もう……嘘はつけない。そんな舞台が、整えられていた。

 「……好きなものです」
 「え……?」
 「凛は……好きなもの、好きな人、好きな場所を、忘れたんです」
 「好きな、人……じゃあ、凛は私を……っ」

 美佐子さんは両手で口を覆い、静かに嗚咽を漏らす。
 その声に、僕は顔をしかめた。


 ……僕だって、泣きたいくらいだ。


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