裏切り者の君へ
曇ったガラスを指でなぞって窓に窓を作る。
外は雪が降っている。
名前を呼ばれて來夢は振り返った。
「雪?」
「うん」
「けっこう降ってる?」
「まあまあ」
「積もりそう?」
「どうだろ、天気予報チェックしてみたら?明日福岡だっけ?」
窓に作った窓を再び覗き込むと後ろから抱きしめられた。
石鹸の香りがする。
「まだ濡れてるよ」
洗いたての髪から雫が滴り落ちて來夢の頬に当たった。
そのまま体の向きをくるりと変えられる。
長いキスをする。
窓ガラスにぶつかる雪が微かな音を立てる。
「1週間会えないからそのぶん今日はたくさんする」
「何回戦くらい?」
「3回以上」
來夢は笑った。
ベッドの上では時間の感覚がなくなる。
全てを支配するのは快感。
長いトンネルの先に見える光のように、光に群がる羽虫のように、体も思考も欲望という塊になって、ただただ快感を追い求める。
來夢はうっすらと目を開けた。
自分の上に覆いかぶさる汗ばんだ背中をそっと撫でた。
手袋が汗を吸って指先を湿らせる。
窓の方を見るとさっき作った窓は消えてしまっていた。
体の奥で灯されていた火が大きな炎の渦となって下から突き上げてくる。
曇った窓ガラスの向こうに雪が降っている。
全身が神経細胞の塊となったようなその鋭い感覚が雪が地上に落ちる音をとらえる。
聞こえないはずの音がはっきりと來夢の名前を呼ぶ。
來夢 來夢 來夢
何千回と聞いたその音。
愛おしいその声。
曇りガラスの向こうで雪が見ている。
來夢 來夢 來夢
來夢はかすれた悲鳴をあげた。
快感の炎が來夢を覆い尽くす。
熱く焼ける体が外へと走り出た。
雪が白い体を包み込む。
來夢はそのままそこで燃え尽きた。
吹けば飛んでいってしまう灰になったような來夢の上に雪は降り積もる。