裏切り者の君へ

 男はどこかのビルの屋上にあたしを連れて行った。

 男があたしをヤッてる最中のことうっすらと覚えてるよ。

 そんな顔しないでお姉さん。

 別にあたし平気だよ。

 だって初めてじゃなかったもん。
 
 そりゃあたしはヤリたくなんてなかったよ。

 抵抗もしたと思う。

 でも男にはあたしが本気で抵抗してるように見えなかったんだと思う。

 きっとこれもそうだよ、自分の都合のいいように見えるんだよ。

 途中からもういいやって思った。

 不本意だったけど。

 諦めて大人しくなったら男たちは合意って思うんだよ。

 面白いことにね、あたしその男の顔を全く思い出せないんだ。
 
 ぽっかり空洞が空いたみたいに男の顔だけが塗りつぶされてる感じ。

 でもね男の顔は覚えてないけど匂いを覚えてるんだ。

 男がつけてた香水の匂い、ずっとしてた、あの最中も。

 香水にしては変わった匂いだった。

 雨の香りがした。

 途中であたし気を失ってしまったみたいで、気づいた時は病院のベッドの上だった。




「あたしがお姉さんに話してあげられることはこれだけだよ、大丈夫お姉さん?」

 來夢は泣いていた。

 涙が次から次へと頬を伝う。

 声を押し殺し來夢は静かに泣いていた。

 少女はそんな來夢を表情のない顔で見つめた。

「なんで……」

 來夢は消え入りそうな声で少女に問う。

「なんでなに?」

「なんで犯人が雪也だと……」

 少女はああ、と面倒臭そうに答える。

 少女は雪也の写真を見てはっきり頷いたと聞いた。

「お姉さんの彼の顔しか覚えてなかったから、それにあたし別にお姉さんの彼があたしをヤッた犯人だなんて言ってないよ」

「どういうこと?」

 警察は何人かの男の写真を少女に見せて、この中に知っている男はいるかとだけ訊いてきたのだという。

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