裏切り者の君へ

 うつむき加減で歩いてくる男がおもむろに顔をあげた。

 窓ごしに來夢と目が合う。

「いらっしゃいませ」

 店員が出入り口に向かって声をかける。

 閉じた傘から雫が滴り落ちマットを濡らした。

 男の肩についた雨雫が銀色に光っている。

 男はすぐに來夢を見つけると笑みを作って近づいてきた。

「久しぶり」
 
 将樹は來夢の前に座る。

 ちょっと会わない間に将樹は少し痩せて肌の色も白くなったように見えた。

「最近外回りの仕事じゃなくなってずっと社内にいるからかな」

 将樹は自分の顔に手をやる。

「なんか生っ白くなっちまった」

 ちょっとなんか買ってくる、とまたはすぐに席を立った。

 トレイを手に持ちテーブルに戻ってきた将樹はアイスコーヒーの他にチョコレートを挟んだクロワッサンを2つ皿に乗せていた。

「1個食べる?」

 來夢の返事を待たずに自分の分を1つ手に取ると残ったクロワッサンを皿ごと來夢の前に置く。

「なんか最近甘いものが欲しくてさ、ストレスかな」

 それから将樹は一通り自分の近状をぺらぺらと話した。

「で、話って何?カフェなんかに呼び出してさ、いつもはホテルに直行なのに」

将樹はクロワッサンの最後の一欠片を頬張ると指先をおしぼりで拭いた。

「もう会うの止めよう、わたしたち」

 将樹はゆっくりと咀嚼するとゴクリと呑み込んだ。

「なんで?」

「いろいろ考えたんだけど」

「理由は?」

 來夢は皿の上のクロワッサンをもて遊ぶ。

 将樹は黙ってそれを見守る。

「雪也はね、わたしの昔の恋人だったの」

「うん」

「死んだんだ」

 将樹は無言だった。

 しばらくして「うん」と頷いた。

「それも殺されたの」

「殺された?」

「うん、やってもいない少女強姦の罪を着せられて殺された」

 将樹の顔色が変わった。

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