裏切り者の君へ


 たいした意味はなかった。

 会話を埋めるためになんとなく思いついただけだった。

『どうもしないよ、來夢は來夢だよ』

 雪也は躊躇なく答えた。

『えー、なんともないの?』

『そりゃ働いて欲しいとかは思わないけど、そんなことで來夢と別れる方がもっといやだ。それにそうするには何か理由があるんだろ』

 雪也は言った。

 ああいう店で働いている女の子たちだってみんな最初の時は傷ついたはず。

 もしそうじゃなかったらもっと前の最初の時、彼女らすら覚えていない最初の時に傷ついたんだ。

 最初から平気な女の子なんてはいない。

 そんな子たちを差別したり見下したりできないと。

『優しいね』と言うと『優しくないよ』と雪也はすぐに返した。

『優しくなろうとしてるだけ、だから僕は本当には優しい人間じゃないんだよ。本当に優しい人間はなろうとなんて意識しないもんだよ』

『そうかな、優しいかそうじゃないかは自分が決めるんじゃなくて他人が決めるものだと思う。だから他の人が雪也を優しいと思ったら雪也は優しいんだよ、それに本当とか嘘とかはないよ。わたしにとって雪也は優しい。それは真実だよ』

 あの時雪也が見せた顔は今でも忘れない。

 最初の戸惑った表情、そしてそれがゆっくりと穏やかな笑みに変わった。



 夢から覚めるように來夢の意識が今に戻ってくる。

 視線を感じた。

 将樹が來夢をまっすぐに見ていた。

「彼のこと想い出してた?」

 來夢が応えないでいると「そんなに好きだったか」と将樹は來夢にではなく独り言のように呟いた。

 皿にチーズケーキを残したまま将樹はそろそろ行こうかと席を立った。



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