裏切り者の君へ

 來夢はスマホで時間を確かめると店の名前と場所をもう1度確認しビラ配りに戻った。

 焦る必要はない。

 男は見つけた。

 これからの計画を慎重に練らなければいけない。




 その夜來夢は興奮してなかなか寝つけなかった。

 見つけた、男をついに見つけた。

 これで雪也の汚名が晴らせる。

 でもあの警察の態度を考えると、まず信じてはくれないだろう。

 今度こそ自分が狂人扱いされるとも限らない。

 男が自白しない限り無理だ。

 でもそう簡単に男は自白なんてしないはずだ。

 何か証拠を掴むのだ。

 ターゲットは定まったのだ、男のボロを探し出すのだ。

 そのためにももっと男に接触する必要がある。
 
 でももし男が自白しなかったら?なにも証拠が掴まめなかったら?

 その時は……。

 わたしがあの男に天罰を下してやる。

 窓の外がうっすらと明るくなってきた。

 窓際に置いたマネキンの手のシルエットが浮かびあがる。

『これって地獄で阿鼻叫喚する死者の手みたいだね』

『えー、わたしには拍手喝采してるように見えるよ』

 雪也が微笑む。

『來夢らしいね』

 雪也……。
 
 窓から朝日が差し込んだ。



 将樹に電話で男の話をすると、絶対にひとりで男に接触するなと何度も念を押してくる。

「大丈夫だよ、わたしその男の趣味じゃないから」

『そう言われて、はいそうですかっていうと思うか』

「じゃあどうすんの?」

『俺も行く』

 確かにあの飲み屋は女ひとりで入るには、はばかられる感じで、來夢がひとりだと他の男性客たちから注目を浴びそうだった。

 将樹と一緒の方が自然で男をよく観察できるかも知れない。

 來夢は承諾した。

 その時休憩室に人が入ってきた。

「あ、また電話するね」

 來夢は電話を切ると入ってきた人と入れ違いざまに休憩室を出る。

 すぐに手の中のスマホが震えたので見ると将樹からのメッセージだった。

——絶対に1人で無茶しないように!

 來夢は短く返信する。

――分かった。


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