裏切り者の君へ
土曜日の午後、來夢は将樹を連れて例の居酒屋の入り口を跨いだ。
入ってすぐ店内を見回したが男の姿はなかった。
が、この前男が座ったテーブル席にいた男2人に見覚えがあった。
カウンター席に並んで座った将樹に來夢はラインでそのことを将樹に告げる。
『了解』と将樹からの二文字が返ってくる。
來夢はビールを将樹はノンアルコールビールをそれと適当につまみを注文した。
どれも驚くほど安い値段だった。
「いつまで禁酒するつもり?それとも本当は下戸なんじゃない?」
将樹はずっと禁酒中だと言ってアルコールを飲まない。
2人が初めて出会ったあの日も将樹が店でオーダーしたのはノンアルコールビールだった。
「違うよ家系がさ、アルコール依存症の家系っていうかさ、とにかく酒でダメになる体質っていうかさ」
将樹は枝豆を口に入れるとノンアルコールビールを喉を鳴らして飲んだ。それはそれで美味しそうに見えるから不思議だ。
「それより酔っ払うなよ」
「酔っ払わないよ」
來夢は不服そうにビールを一口飲んだ。
将樹の視線を感じたがそのままごくりごくりとジョッキの半分ほどを一気に飲み干す。
その日男はなかなか現れなかった。
店員があの時かけた言葉でてっきり毎日くる常連かと思ったが違ったのか?
緊張と手持ち無沙汰ですでに來夢は3杯のジョッキを空にしていた。
が、全く酔いが回ってくる気配がない。
そのときだったテーブルに座っている客のひとりが店員に話しかけた。
「今日はのんちゃん来ないねぇ」
「もう少ししたら来るんじゃないですかねぇ」
「それかなんかいい事でもあったのか」
男は下品な笑い方をした。
もうひとりの男もつられて笑う。
男2人の会話に來夢は耳をそばだてる。