裏切り者の君へ
——あの男か?
将樹がラインを送ってくる。
來夢はわずかに頷いた。
——けっこう普通だな。
男が席に着くと店員がこの前と同じように焼酎のボトルとグラスを運んで来る。
男は慣れた手つきでグラスに焼酎を注いだ。
今日、このカウンターの位置から男の挙動はよく見えた。
「のんちゃん今日遅かったじゃん」
「さっき起きたんだよ」
低くも高くもない声だった。
「なんだ、なんかいい事でもあったのかと思ってたよ」
「ないないないない、そう言うたけちゃんは?」
男は笑った。
「あったらここにいるかって、なんかいい事ねぇかなぁ、最近ぜんぜんツイてないって言うかさ、この前もさぁ」
そこからたけちゃんと呼ばれた男の仕事の愚痴が延々と始まった。
男は焼酎をちびちび舐めながらときどき相槌を打つ。
どこにでもある男3人の飲み会だった。
どこにでもある休日の午後の酒場の風景だった。
店員は注文されたつまみをテーブルに運び、男たちの隣のテーブルでは初老の男2人が盃を交わしている。
來夢は寒くもないのに鳥肌が立った。
ここにいる誰がこの同じ空間に少女を犯し、人を殺した人間がいると思うだろうか。
そんな凶悪な人間は刑務所の中か、いたとしても自分とは関わりのないどこか遠くにいると思いこんではいやしないか?
スマホがぶるりと震えた。
——大丈夫か?
隣の将樹を見上げると将樹がうん、と頷いて見せる。
——これからどうするんだ?
——男の住んでるところを突き止める。
——長くかかりそうだな、今来たばっかだし。
すでに來夢と将樹は一滴の水分も入らないほど満腹だった。
それでも2人とももう一杯ずつの飲み物とスルメを注文する。
男が席を立ったのはそれから1時間ほどしてからだった。