裏切り者の君へ
男を見失わない程度に離れて男の跡をつけた。
「なんかドラマみたいだよな」
将樹が來夢の耳元で囁く。
男はこの前と同じようにふらふらと看板を見ながら歩き、ときどき足を止めて露骨に何かを凝視する。
男の視線の先にはきまって少女がいた。
「マジ、キモいなあいつ」
将樹が吐き捨てるように言った。
男の近くを少女が通りすぎると見ているこちらがハラハラする。
「なんか怖いよね、わたし達も知らないだけで凶悪犯とすれ違ったり、隣り合わせに座ったりしてるかも知れないんだよね」
凶悪な人間がいつも凶悪な顔を表面に見せているとは限らない。
むしろ本当に凶悪な人間ほど表面的には善人の顔を見せていたりする。
「たしかにな」
それからも男は当てもなく街を歩きまわり、ようやく電車に乗った。
しばらく乗って一度乗り換え次はすぐに降りた。
「ここって家じゃないよな、マジか」
男が降り立った駅名を見て将樹はため息をついた。
週末になると若者、特に少女たちで賑わう街だった。通りは人でごった返していた。
「子羊たちの群に狼って感じだな」
「でもさ、狼は一匹じゃないよね」
「どういう意味?」
「ん、きっとこの場には他にも狼がいると思う」
将樹は少し黙って「そうだな」と頷いた。
男がその街を離れたのは空がオレンジ色に染まりかけた頃だった。
「あいつってさ、いつもこんな休みを過ごしてんのかな」
來夢の目の前に立つ将樹は両手でつり革を握ると腰をかがめて、でも目は男の方を見ながら言った。
來夢の横に座っている若い男のヘッドホンからシャンシャンと音が漏れている。
「だろうね」
「仕事は何してんだろ。警察官とか教師だったりしたらヤバいよな」
「でもあり得るよね」
「あり得る、あり得る」
「つか、奥さんと子どももいたりして」
「それはないよ」